おすすめ度
キット ♤ 3.0 ★★★
アイラ ♡ 3.0 ★★★
ムンバイ出身の女性監督ロヘナ・ゲラの長編デビュー作。経済発展著しいインドのムンバイで、ファッションデザイナーになることを夢見ながらハウスメイドとして働くラトナ。高層マンションの一室は、建設会社の御曹司アシュヴィンの新婚家庭となる予定だったが、その縁談が直前で破綻し、広いマンションでアシュヴィンとラトナの生活が始まる。身分の異なる2人はあくまで主従の関係。しかし傷心のアシュヴィンとその身の回りの世話をするラトナの距離は徐々に近づいていく。ラトナ役に『モンスーン・ウェディング』のティロタマ・ショーム、アシュヴィン役に『裁き』のビベーク・ゴーンバル。
言いたい放題
キット♤ 舞台はインドのムンバイ。お金持ちの御曹司でアメリカでの生活経験もあるアシュヴィンと、高層マンションの彼の家でメイドとして働くラトナが主人公。まだ若いが夫を亡くしたばかりのラトナは、未亡人が指輪などの装飾品を身につけることなく一生喪に服さなければならないような古い因習を嫌い、ムンバイに働きに出ることで、妹が自分の二の舞を踏まないよう学校へ行かせるための仕送りをしている。
アイラ♡ アシュヴィンより低いカーストに属するラトナは、因習に縛られた社会を代表し、家庭内で普通に英語を話し外国留学の経験もあるアシュヴィンは、ソフィスティケートされた現代インドを象徴するという対比。
♤ インドが抱える社会構造の問題をテーマにしている本作やけど、カースト制に起因する身分差と、持参金が少ない花嫁が焼き殺されるようなことが起きる圧倒的な女性の立場の弱さという不平等が下敷きにある。
♡ そうやね。ラトナに比べて、アシュヴィンの世界に属する女性は職業を持って自立し、華やかな生活を送る存在として描かれる。対するラトナは、家事の空き時間に仕立て屋で働き賃金を得る。ただそれはメイドの立場からステップアップするという目的があるから。
♤ しかし仕立て屋の親父は彼女をいいように使うばかりで肝心の仕事を教えようとしない。アシュヴィンの了解を得て、ミシンを使う裁縫教室へ通いはじめることで一歩を踏み出す。彼女がなりたいのは「仕立て屋」ではなくて「ファッション・デザイナー」だということがわかってくる。ここは日本人には理解しにくいところやけど、インドには「バラモン、クシャトリア、ヴァイシャ、シュードラ」の4階級のカーストだけでなく、職業カーストのようなものがあって、多くの人は親の仕事をそのまま受け継いでいくことしかできない。そのなかでラトナは、制度の中の「仕立て屋」になるよりも、制度の枠外にある「ファッション・デザイナー」という道を選ぶほうが、実態はともあれ自由度が高かったということ。
♡ そこに加わってくるのが、インドでは絶対にタブーとされる異カースト間の恋愛というテーマ。貧富の差を超えた恋愛物語というだけなら何度も映画の題材になってるけど、そこはインド。
♤ アメリカ帰りで開けた感覚を持つアシュヴィンが、「アメリカだったら…」と考えてラトナにちょっかい出したのかもしれないが、インド100%のラトナにとっては絶対ムリっていう話で、言い寄られてもかえって迷惑というのが現実。つまり実際には有り得ないが、有り得ないうえでお互いの心に通じるものがあったというのが本作の見せたいところかとは思う。
♡ 私たちが観に行った日は、日本語版監修者によるトークイベントがあって、そのおかげで観賞の理解が深まったのやけど、インドでは人と人が出会うとまずお互いをつぶさに観察しあって、出身カーストや学歴などを瞬時に把握。そこから適度な距離をもって会話や付き合いを進めていくのだという。さらに異カースト間の恋愛など絶対にない話で、本作の話をするとインド人は「あり得ない!」と切り捨ててしまうのだとか。それほどこれは非現実的なお話ということらしいのね。
♤ そのとおりで、本作はヨーロッパの映画祭では評価され、日本での劇場公開にも至ってるけど、インド本国では公開されていないという。でも監督の狙いはともかくとして、ラトナの努力と向上心は率直に応援したくなる。洋裁の勉強を始めてファッション・デザイナーになるという夢が、どれだけ実現可能なものなのか我々にはわからないけど、ここにもう一工夫、ラトナの努力に上昇へのリアリティを感じさせる何かがあればよかったと思う。
♡ 原題はラトナがアシュヴィンを呼ぶ「Sir(旦那さま)」。邦題はラストシーンの彼女のセリフから来ているのやけど、2人の現実としてはそこまでが精一杯という終わり方なのやろね。恋愛と仕事、彼女が古い社会制度をぶち破っていけるかどうか、見る側に期待感を残すエンディングでした。
予告編
スタッフ
監督 | ロヘナ・ゲラ |
脚本 | ロヘナ・ゲラ |
キャスト
ティロタマ・ショーム | ラトナ |
ビベーク・ゴーンバル | アシュヴィン |
ギータンジャリ・クルカルニ | ラクシュミ |
ラウル・ボラ | アシュヴィンの父 |
ディビヤー・セート・シャー | アシュヴィンの母 |