レビュー

十年(Ten Years)

投稿日:2017年8月2日 更新日:

おすすめ度

十年のポスター
キット ♤ 4.0 ★★★★
アイラ ♡ 4.0 ★★★★

香港の30代の若手監督5人によるオムニバス映画。2015年公開の作品で10年後の2015年を描く。香港政治の舞台裏に皮肉を込める『エキストラ』、失われゆく記憶の記録を試みる『冬のセミ』。広東語だけでは生きにくくなった社会を描く『方言』。雨傘運動後の喪失感を表現した『焼身自殺者』。言論の自由を希求する『地元産の卵』の5話。返還から20年。いまの香港が抱える不安を若い感性を通して問いかけ、1億円近い興行収入を記録した話題作。

 

 

言いたい放題

キット♤ そもそもは香港の若手監督が制作したインディーズ映画。単館上映から徐々に評判を集め、一時は観たくても入場できないほどのヒットを記録。日本では大々的には宣伝されていないし、上映館も新宿の小さい劇場だったにも関わらず、観客の入りは意外とよかった。

アイラ♡ 監督たちは1979年~85年ごろに生まれた若手ばかり。制作費はおよそ750万円とか。5作ともタイプは異なるけれど、昨今の民主化デモなどとも呼応するように、彼らの中に広がりつつある不安をさまざまな切り口から描いてる。冒頭、ヴィクトリアピークから眺める香港の夜景を不安な雲が急速に覆っていくシーンは象徴的やったね。

♤ 映画を構成するのは、『浮瓜(エキストラ)』『冬蟬(冬のセミ)』『方言』『自焚者(焼身自殺者)』『本地蛋(地元産の卵)』の5編。冒頭の『浮瓜』はモノクロ作品。国家安全法を制定したい権力者が社会不安を煽るために政治家暗殺事件を企て、仕事にあぶれた2人の男に騒ぎを起こす仕事を依頼する。結局は策に踊らされた2人が射殺されて終わりという結末で、ストーリーは単純やけど、リアリティを追求するのではなく、わざと外したような撮り方でシリアスでもコミカルでもないのに妙に印象に残る。

♡ 香港の政治のいまをおちょくった作品とみたわ。面白いのは、 インド・パキスタン系っぽい青年が男たちの片割れとして配されていること。実際に香港に行くと、パキスタン系らしい人々が大勢住み着いていて、リアルな香港を感じたわね。

♤ 『冬蟬』は身の回りのものを黙々と標本として残す作業をする男女を描いていて、やや前衛的。殺風景な部屋の窓から見える外の景色(といっても向かいの建物だけやけど)が切り取られた絵のようで映像も凝っている。男が自ら標本となることを選び、女も髪を切るのは、絶滅危惧種の「香港人」を標本にしようということかな。ちょっと難解。

♡ 5作中もっともシュールな作品よね。香港をめぐるあらゆる記憶が消えつつあるなかで、自分自身を記録し標本として残したいという思いを描いてるものと思った。

♤ 『方言』は、うってかわってコミカルな作品。2025年の香港では、タクシーの運転手は「普通語(北京語)」のテストに受からないと空港などで客を乗せられなくなっている。主人公の運転手は普通語が全然身につかず、タクシーには「普通語できません」のシールを貼らされ、カーナビに下手な普通語で話しかけても受け付けてもらえない。香港ではおそらく9割以上の人が広東語を喋っているはずなので、この自虐的なところは地元でウケたやろな。作りはコメディやけど、テーマは重い。時の権力者から日本語、その後は北京語を押し付けられた台湾の人たちのことを連想してしまった。

♡ 運転手を演じる俳優さんのやるせない表情が最高やった。デビッド・ベッカムの当て字が違うために広東語と普通語では発音が異なり、親子の会話にも支障をきたすとか、発音悪すぎてカーナビに拒否されるとか、辛辣なおかしみがあった。

♤ 『自焚者』は、香港独立運動の学生風リーダーが逮捕され、ハンストで亡くなる事件と、それに呼応するかのように英国領事館前で行われた身元不明者の焼身自殺をドキュメンタリー調で撮った短編。ここまでの3編が比較的婉曲な表現だったのに対して、これはかなりストレート。3人の有識者へのインタビュー仕立てで、温度差はあるがかなり辛辣なコメントを喋らせる。ハンストしたリーダーのセリフからは、イギリスから中国への返還時の「50年間は外交と国防以外での高度な自治を認める」という約束を守らない中国だけでなく、その中国を放置しているイギリスへのいらだちをも感じた。

♡ 焼身自殺を遂げたのが意外な人物であったことにも軽い衝撃が残ったね。

♤ 最後は『本地蛋』。地元産の卵という意味で、「本地」という言葉が禁句になっている社会を描いてる。政府は「本地」を名乗る卵の生産農家を廃業させ、主人公が営む食料品店でも「本地蛋」を仕入れられなくなってしまう。街では紅衛兵を連想させる制服を着た子どもたちが、商品や表示の検閲に回っている。

♡ 言葉狩りが進むような社会を描く背景として、書店主の逮捕事件が記憶に新しいけど、思想の自由さえ脅かされるのかという作り手の不安や憤りが伝わってくる。作品中でも、“禁書”を扱う書店のシャッターに紅衛兵もどきが卵を投げつける場面があるけど、ある意味もっとも“いま”っぽい作品やったね。

♤ 主人公の息子も紅衛兵もどきの活動に参加させられていて暗澹とするけど、この息子、漫画ばかり読んでいて親の話もまともに聞いていない困った子供のようでいて、実は紅衛兵検閲隊の行動予定を書店主に流していたりするしっかり者。ここに作者の希望が託されている。

♡ イギリスの統治のもとで言論の自由や司法の独立が守られてきた香港には、常に自由で大らかな空気が流れていて、われわれからみても中国本土とは違う場所だった。個々の作品は十分こなれてない感じもあったけど、97年の返還を経て、気づいてみれば何か生きづらい社会になっていないか、将来はどうなるんやという不安を若い感性がどうとらえているかが垣間見られて興味深い作品やね。

♤ コミカルな作品もあるけど、全編を通して暗めで重い。ラストに表示される「Already too late」というフレーズがフェイドアウトして、「Not too late」に変わのやけど、このような映画をまだ作ることができて、上映することもできる香港が「Not too late」であってほしい。

♡ 上映禁止にならなかったのはまだ言論の自由が存在する証拠とはいえ、中国共産党系の新聞は社説で酷評したというし、監督たちは仕事しにくくなるのを覚悟で撮ったとも聞く。「僕を動かしているのは憎しみではない。希望だ」という登場人物のセリフには真に迫る切実さがありました。

 

 

予告編

スタッフ

監督 クォック・ジョン
ウォン・フェイパン
ジェボンズ・アウ
キウィ・チョウ
ン・ガーリョン
脚本 リョン・プイプイ
フェーン・チョン
ウォン・フェイパン
ウォン・チン
ジェボンズ・アウ
ホー・フンルン
チュン・ツイイー
ルル・ヤン
キウィ・チョウ
ン・ガーリョン

 

キャスト

リウ・カイチー 「本地蛋」たまご屋のおやじ
コートニー・ウ 「浮瓜」暗殺未遂犯
キャサリン・チョウ 「方言」タクシー乗客?

 

レクタングル336

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