レビュー

ロング,ロングバケーション(The Leisure Seeker)

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おすすめ度

The Leisure Seekerキット ♤ 4.0 ★★★★
アイラ ♡ 4.0 ★★★★

認知症が進む夫ジョンと、末期がんにおかされた妻のエラ。ある日2人は子どもたちに告げることなく、古いキャンピングカーで旅に出る。目指すはフロリダのキーウェスト。そこにはジョンが敬愛するヘミングウェイが過ごした家がある。名優ヘレン・ミレンとドナルド・サザーランドが、人生の終着点を見据えながら残された時間を楽しみ、生きてきた時間をいつくしむように味わおうとする姿を描く。『人間の値打ち』『歓びのトスカーナ』などのイタリアの名匠パオロ・ビルツィ監督。

 

言いたい放題

キット♤ アメリカ映画では一つのジャンルをなしているといえるロードムービーやけど、これは高齢の夫婦が年代物のキャンピングカー“The Leisure Seeker”でマサチューセッツからフロリダまでを旅するロードムービー。

アイラ♡ アメリカ文学に詳しい元教師で、いまや認知症の症状が進むジョン。そんな夫を連れて、妻のエラは息子と娘に黙ってキャンピングカーに乗り旅立つ。行き先はジョンが訪ねたがっていたヘミングウェイの旧宅があるキーウェスト。半分呆けた夫をカバーしながら旅を続けるエラも、やがて万全の体調ではないことがわかってくる。軽いコメディタッチに話は進んでいくけれど、実はとても重く味わい深いテーマをもった作品。

♤ イタリア人監督のパオロ・ビルツィは、原作小説をアメリカで映画化するにあたり、主演にドナルド・サザーランドとヘレン・ミレンを充てる条件を出してその通りとなったんやそうな。配役は見事に当たって、まだら呆けのジョンと、ちゃきちゃきと事を運ぶエラの息の合った掛け合いは絶妙。ドナルド・サザーランドはそれほど演技派とは思ってなかったけど、本作ですっかり見直した。出演作の多いヘレン・ミレンについても手抜きはない、というか地で演ってるようにさえ見えた。

♡ ドナルド・サザーランドは、かくしゃくとした知的な紳士とボケ老人という振れ幅の大きい役を見事に演じてた。ヘレン・ミレンはイギリス人やけど、どこにでもいそうな、ちょっとプライドの高い中産階級のアメリカの老女になりきってた。

♤ 脚本もよくできていて、交通警官をうまくあしらったり、強盗を追っ払ったりするエピソードを要領よく並べている。2人が旅立って間もなく、乱暴な運転をする車に割り込まれてあわやというところをジョンが見事な反射神経でかわすシーンがある。失禁はするし、妻の名前も間違うくらい危なっかしいのに、車はちゃんと運転できるというのを見せて視聴者に無用の心配をさせないところなど工夫のあとが見えるな。

♡ エラは毎晩、オートキャンプ場にスクリーンを張って古い家族写真のスライドを映写して半生を振り返ることを繰り返す。記憶が飛びかけたジョンともう一度、一緒に歩いてきた道を辿っていくんやね。なのにジョンときたら、エラの昔の彼氏に嫉妬するかと思えば、エラと昔の恋人の名前を間違えるし・・・。留めることのできない老いを、笑いにくるみながらうまく描いてる。

♤ 元教師のジョンは、かつての教え子のことは間違いなく覚えているし、レストランではウェイトレスにひとしきりヘミングウェイについて語るし、『老人と海』の冒頭は完璧に諳んじているし、しっかりした部分を残していることはエラもわかってはいるんやけどな。

♡ けどエラがウィッグを外すと、短くまばらな地毛が現れる。抗がん剤の副作用だったのかもしれないと思うと、ジョンは彼女がそんな状況にあることももはや理解できないほどなのよね。もうかつてのような2人には戻れないというエラの絶望と、人生の幕引きのしかたを自ら決断するまでの思いを想像するとこみあげてくるものがあった。自分の人生は自分で決めるといえば、それはカッコいいけどね・・・。

♤ ちょっと思ったのは、ヘミングウェイがちょこちょこと物語に出てくること。ヘミングウェイ自身の最期がこの映画の結末を暗示しているという見方もできたと思うのやけど、こういう終わり方はキリスト教徒から見てどうなんやろな。

♡ どうやろねぇ。それよりも私はやっぱり、人生の黄昏というか、やがて来る老いや死に対する思いはアメリカ人も同じで、いかにそれに対峙していくかを問うてくる佳作やと思った。重いテーマなのに重さを感じさせない監督の手腕もなかなかやし。途中何度か流れるジャニス・ジョプリンの”Me and Bobby Maggie”。“Freedom’s just another word for nothin’ left to lose(自由とは失うものが何もないということ)”という歌詞を40年もたって改めてかみしめてみると、なんとまぁ味わい深いものであることか・・・。

♤ なるほどな。原作はマイケル・ザドゥリアンの『旅の終わりに(The Leisure Seeker)』という小説。日本語タイトルに至ってはTVドラマのタイトルみたいでいただけない。原題通りにするのが100倍くらいよかったような気がする。

 

予告編

スタッフ

監督 パオロ・ビルツィ
原作 マイケル・ザドゥリアン
脚本 スティーブン・アドミン
フランチェスカ・アルキブージ
フランチェスコ・ピッコロ
パオロ・ビルツィ

 

キャスト

ヘレン・ミレン エラ・スペンサー
ドナルド・サザーランド ジョン・スペンサー
ジャネル・モロニー ジェーン・スペンサー
クリスチャン・マッケイ ウィル・スペンサー
ダナ・アイビ リリアン

 

レクタングル336

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