レビュー

判決、ふたつの希望(L’insulte)

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L'insulte

キット ♤ 4.0 ★★★★
アイラ ♡ 4.0 ★★★★

レバノンの首都ベイルート。キリスト教徒の男とパレスチナ難民の男の間に起きた小さなトラブルが互いへの憎悪となり、やがて国を巻き込む裁判へと発展。そこまでになるには複雑な事情があった。今年のアカデミー賞でレバノン映画初の外国語映画賞にノミネートされ、主演のカエル・エル・バシャはベネチア国際映画祭で最優秀男優賞を受賞するなど国際的にも高い評価を得た作品。監督はクエンティン・タランティーノ監督作品でアシスタントカメラマンなどを務めたこともあるレバノン出身のジアド・ドゥエイリ。自身の体験に基づくという本作は、彼の長編4作目となる。

 

言いたい放題

アイラ♡ 舞台はレバノンの首都ベイルート。政治・宗教的にややこしい地域とは知ってても、だいたいレバノンの場所もよくわかってなくて、主人公がキリスト教信者というのが最初ちょっとピンとこなかった。調べたら国の4割はキリスト教徒なのやねぇ。

キット♤ レバノンはイスラエルの北隣り、国の西側は地中海に面し、北から東はシリアに接している。この地域は歴史的にいろんな宗教の信者が入り交じって対立してきたけど、レバノンは周辺のアラブ諸国と違ってキリスト教信者が比較的多かった。ところが独立後、1975年から90年にレバノン内戦として知られる泥沼の内戦が繰り返される。宗教間の対立が主要因やけど、キリスト教とイスラム教だけでなく、イスラム教のスンニ派、シーア派という対立もあるうえにPLOが加わって、各派が民兵組織を作って戦いだし、爆弾テロや誘拐、虐殺にまで及んでいった。さらに隣国シリアやイスラエルの侵攻と撤退が繰り返され、イランの介入、米英仏など多国籍軍の派遣・・・と様相はますます混乱。そこにパレスチナを追われた難民が流入してくるという具合で、とにかく複雑すぎる。

♡ 主人公はキリスト教徒のレバノン人トニー。自動車の修理工場を経営して身重の若い妻がいる。妻は都会よりも夫の生まれた村に引っ越したいというけれど、その気はまるでない様子。仕事中には、「パレスチナ難民を追い返せ!」みたいな政治的に過激な宗教番組を好んで聞いてる。支持する政治家の集会にも積極的に参加するタイプとしてまず描かれる。

♤ もうひとりの主人公はパレスチナ難民で、難民居住区に住むヤーセル。不法建築の建物を改修するプロジェクトを請け負った土木業者に雇われている現場監督。もともと優秀なエンジニアで、この2人がちょっとしたことで口喧嘩になり、それが思わぬ方向へと発展していく。

♡ とっかかりは、トニーがベランダで水撒きをしていたら排水口から水が流れ落ち、路上にいたヤーセルにかかってしまったこと。ヤーセルは侮辱的な言葉を口にし、揉め事をきらう上司が彼を謝罪に出向かせるも、今度はトニーが侮辱の言葉を吐き、ヤーセルは反射的にトニーの腹を殴ってしまう。

♤ トニーの振る舞いのほうがどうも理不尽で、難民で肩身の狭いヤーセルが控えめな態度なので、最初のうちは「ヤーセル、可愛そうやん」という感じ。上司の頼みでしぶしぶ謝罪に行けば、逆にトニーから侮辱されガツンと一発やり返す。やるやん!

♡ 水がかかった段階で家に来たヤーセルに居丈高にふるまい、排水口の方向を付け替えてる端から壊してしまうトニーには、そこまでせんでも・・・という悪役イメージがまず残る。いつも苦虫を噛み潰したような顔をして、自分だって悪いのに、侮辱への謝罪を求めて提訴するってどんだけやねん?って思ってしまう導入部。

♤ 原告のトニーが依頼したのは右翼系の大物弁護士。ヤーセルには左翼系の難民支援弁護士が付くのやけど、この二人の弁護士が父娘だということが途中で分かってくる。法廷のシーンでも娘の弁論のたびに親父が割り込んで話すので感じ悪い。ここまでは、トニーに言いがかりをつけられたようなヤーセルに同情したくなる展開。

♡ 原告側弁護士は、アメリカ映画にも出てきそうな辣腕弁護士のステレオタイプのようで、とにかく弁は立つし証拠集めにもすきがない。方や、経験の浅い若手弁護士が付いたヤーセルは分が悪いという印象。

♤ 裁判は進み、しまいには大統領まで出てる始末なのに、意固地になったトニーはなかなか仲裁に応じようとしない。「ええかげんにせえよトニー」と思うころ、流れに変化が出てくる。ある日、2人同時に裁判所から帰りかけると、ヤーセルの車のエンジンがかからない。一度はその場を立ち去ったトニーがすぐ舞い戻り、その場で修理をしてあげる。

♡ そこでわざとトニーを侮辱し、自分を殴らせるヤーセル。2人の表情は固いままやけど、おあいこになったことで対立の構図の変化を象徴的に描いた場面やね。ヤーセルの車のボンネットを開けるときにネクタイの端をスボンの中にしまう仕草に、トニーが筋の通った人間であることが端的に描かれてた。

♤ そのころ原告側弁護士は、トニーの生まれ育ったのがダムールというかつて住民が虐殺された農村だったことを知る。つまり、トニーはパレスチナ人によるとされるキリスト教虐殺事件「ダムールの虐殺」の生き残りで、彼自身もレバノン国内の難民ようなものだった。なぜトニーがパレスチナ人を憎悪し、最初からヤーセルに敵対的で侮蔑的態度を取ったのかが明らかになっていく。最終的にトニーは裁判には負けるけど、2人は人間として和解することができる。

♡ それぞれに重い傷を負い、その中でいまをどうにか生きている。裁判を戦いつつも、無慈悲に傷口が開かれていく辛さを2人の俳優が見事に演じてたね。虐殺に話が及んだとき、父親を法廷から外に連れ出そうとするトニーの気遣いからも、それがいかほどのものであったかが伝わってくる。

♤ 2人とも、信念を貫くためには裁判で自分が有利になるようなことでも口をつぐむ。立派な人間として描かれている。でも、裁判を途中でやめたくなっても弁護士たちがそれを許さない。レバノンの内戦に国外の部外者が関与し、当事者を差し置いて利益や面子のために戦ったことを連想させるな。

♡ 原題は「侮辱」という意味やけど、「2つの希望」という副題を付けた邦題はなかなかよかったのでは? 「ただ、謝罪だけがほしかった」というキャッチコピーも、レバノンの置かれてきた立場を代弁しているといえる。

♤ 監督のジアド・ドゥエイリはレバノン人で、クウェンティン・タランティーノの撮影助手をやっていたというだけに、映像は構図がしっかりしている。後半の法廷シーンも重厚で良かった。レバノンへ戻って撮ったという本作は、出演俳優も知らない人ばかりやけど、トニー役の人は自動車修理工なのに背広を着て法廷に立つとシュッとしていてかっこよかったな。

♡ 荒れ果てた故郷の村に数十年ぶりに戻り、豊かな果樹園だった場所に大の字に寝転がったときを境に、トニーの表情から厳しさが消え、なんともハンサムなおじさんが中から出てきてびっくり。対するヤーセル役の俳優さんも、ずっと何かに耐えながら常に達観したような穏やかな表情をたたえ、こちらの演技も見事。裁判が終わり、遠くから互いに見交わす2人の表情には救いがある。敏腕ぶりを発揮しつつも世俗臭のぷんぷんする弁護士もよかった。

♤ そういえば、トニーがブレーキパッドを取り替えたばかりなのにすぐに磨り減ったとぼやくBMWのオーナーに、中国製のコピー部品を使ったからで純正のを使わなければダメだというくだりがある。また、ヤーセルも工事の品質を保証するためには安くて悪い中国製の資材ではなくドイツ製を使うようにという。この監督、中国製品で嫌な目に合って恨みに思ってるのかな?

 

予告編

スタッフ

監督 ジアド・ドゥエイリ
脚本 ジアド・ドゥエイリ
ジョエル・トゥーマ

キャスト

アデル・カラム トニー・ハンナ
カメル・エル・バシャ ヤーセル・サラーメ
リタ・ハーエク シリーン・ハンナ
クリスティーン・シュウェイリー マナール・サラーメ
カミール・サラーメワ ジュディー・ワハビー
ディアマンド・アブ・アブード ナディーン・ワハビー

レクタングル336

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