レビュー

BPM ビート・パー・ミニット(120 battements par minute)

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おすすめ度

120 battements par minute

キット ♤ 3.5 ★★★☆
アイラ ♡ 3.5 ★★★☆

1990年代初頭のパリ。エイズの治療方法はまだ開発途上にあったなかで、政府や製薬会社への抗議活動や学生への啓蒙などさかんなアクションを起こしていた「ACT UP Paris」のメンバーたち。自らも明日をも知れぬ生命と直面する行動派のメンバーであるショーンを軸に、生と死の間で偏見と闘う活動に明け暮れ、恋に心を燃やす若者たちの姿を鮮烈に描く。出演は『グランド・セントラル』のナウエル・ペレーズ・ビスカヤート、『ブルーム・オブ・イエスタディ』のアデル・エネルら。監督は『パリ20区、僕たちのクラス』などの脚本を手がけ、自信もACT-APのメンバーだったロバン・カンピヨ。2017年・第70回カンヌ国際映画祭のグランプリ受賞作。

 

言いたい放題

キット♤ 2017年カンヌ国際映画グランプリ受賞のフランス映画。最近のアメリカ映画は冒頭にクレジットがなくいきなり始まるのが多いけど、本作みたいにまずクレジットが流れて、それにオーバーラップして映像と音声が始まるのを見ると妙に懐かしく感じる。

アイラ♡ いまでは記憶の彼方という気さえするけど、1990年代初頭の世界ではエイズ問題が渦巻いていた。先進各国では抗ウイルス薬の開発や啓蒙活動の成果もあって不治の病ではなくなりつつあるけど、本作の舞台は状況が最も深刻だったころのパリ。感染者の人権を守るために、死の不安と直面しつつ闘う若者たちの姿をドキュメンタリーのように緻密に追っている。

♤ 対策が後手に回る政府や製薬会社への抗議活動や感染拡大を防ぐための啓蒙活動を行っている「ACT UP-Paris」という団体とそのメンバーたちが主人公で、ロバン・カンピヨ監督もここでの活動経験があるという。HIV/エイズを題材にした映画、例えば『ダラス・バイヤーズ・クラブ』などに共通するのは、感染者に残された時間が限られていて、死へのタイマーが動き続けていること。こういう映画は、戦争映画で多くの人が死んでいくのと違った形で観ている側の気を滅入らせる。

♡ エイズは同性愛者や売春婦、ヤク中患者がかかるもので、むしろ社会悪を駆逐する病気だという偏見は、恐らくキリスト教社会にはすごく広がりやすかったことでしょうね。主人公たちは、熱心な議論を繰り返し、対策が後手に回る政府や製薬会社に抗議活動を行い、中学や高校の授業を妨害してまで啓蒙活動に走りまわる。その姿があまりに一途すぎて、最初は少し引いてしまったのやけど、自分たちには時間がないというやりきれなさの裏返しでもあったのやろね。

♤ 前半の作りは割と明るい。ACT UP-Parisのメンバーの大半はHIV感染者やけど、会議では積極的に討論し、ときにはユーモアもまじる。特に前半はACT UP-Parisのミーティング場面が何度も出てきて、強硬派と穏健派、意見の対立があってもちゃんとルールを決めて議論しているところ、また、一旦議論が終われば、力を合わせて外部に対して強く働きかけていることが印象に残った。日本のことを振り返ってみると、薬害エイズ問題で政府と製薬会社が糾弾されたことは似ているが、一般市民がここまで強いメッセージ発信できたかどうかを考えると、良し悪しではなく国民性の違いみたいなのを感じざるを得ない。

♡ そこなのよね。カンヌのグランプリ受賞作としての注目作ではあるけれど、その点も含めて日本人にはもひとつピンとこないかもなぁ・・・と思いつつ観てた。登場人物のモノローグで、どれかはわからないのやけど、かつての市民革命に参加した人々の歩いた道をたどるようなセリフがあったでしょ。あの国にはフランス革命の当時から、市民が団結して、自分が血を流してでも何かを勝ち取ることをよしとする歴史がある。対する日本には市民革命の経験はないし、たまにデモ行進はあっても、真に何かのために個々人が決起したものではない。彼らの情熱や葛藤はどこまで日本人に伝わったかな。それがあまりにピュアなだけに、これを他人事として観るしかない自分がもどかしかった。とはいえ、活動だけを描くのではなく、主要メンバーのショーン(ナウエル・ペレーズ・ビスカヤート)をめぐるラブロマンスが重要な軸になってる。リアルなシーンもあるけど、映像にはさらりとした清潔さが漂って、死と向き合いながらの行為には静謐な感じさえしたわ。

♤ ショーンの存在は重要なだけに、彼の病状が進行する後半はかなり痛々しいものがあったな。映画作品としての脚本はかなりしっかりしてたと思う。ACT UP-Parisでの議論も、強硬派対穏健派という単純な構図にしてしまわず、活動の効果・効率を優先するリーダーのチボー(アントワン・ライナルツ)と、活動の本質がぶれないようにするために敢えてメンバーの女性を批判するショーンとの立ち位置の違いを見せるなど、登場人物の個性が浮き上がる工夫が凝らされている。

♡ ちなみにACT-UPは、エイズ対策について政治的に活動しはじめた最初の団体で、すでに30年の歴史があるそう。赤い液体をまく抗議行動も彼らがアメリカで盛んに行っていたもので、実際にFDAはこれで新薬の審査基準を変えたというから、その行動には一定の成果があるんやね。ショーンが望んだ“政治的埋葬”――ここでは遺灰を抗議行動に使う――というのも、仏教的価値観が刷り込まれている日本人にはなかなか理解しにくいなと思ったし、私も「こらついていかれへん」と思ったのやけど、そういう背景がわかれば理解できなくもない

♤ “ビート・パー・ミニット”とは1分間の鼓動、すなわち心拍数のこと。普通は60前後くらいなので、原題の「120」というのは、「普通の人たちの倍くらいの密度で生きた人たち」を意味しているのかな。 良い映画やとは思うけど、もう一度観たいかとなると、う~ん。

♡ せやね。渦中にいた若者たちのひりひりするような感性を鮮烈に描いた佳作なのは間違いないのやけど、問いかけてくるものを消化しきれなかったなという思いは私も残った。ただ、エイズはすでに遠く・・・とは言ったけど、さまざまなマイノリティが苦しい状況に置かれている世界であるのは何も変わってないし、もっとひどくなってるかもしれない。決して過ぎ去った時代の話ではないのよね。

 

予告編

スタッフ

監督 ロバン・カンピヨ
脚本 ロバン・カンピヨ
フィリップ・マンジョ

キャスト

ナウエル・ペレーズ・ビスカヤート ショーン
アーノード・バロワ ナタン
アデル・エネル ソフィ
アントワン・ライナルツ チボー

レクタングル336

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