レビュー

ありがとう、トニ・エルドマン(Toni Erdmann)

投稿日:2017年7月12日 更新日:

おすすめ度

「ありがとう、トニ・エルドマン」のポスター

キット♤ 2.5 ★★☆
アイラ♡ 3.5 ★★★☆

本国ドイツで大ヒットし、第69回カンヌ国際映画祭での国際批評家連盟賞受賞をはじめ、各国の映画祭で高く評価された作品。悪ふざけが好きなヴィンフリート。コンサルタント会社の中間職として活躍する娘イネスはルーマニアで暮らし、たまに会っても仕事の話しかしない。愛犬の死をきっかけにブカレストまで出かけていったヴィンフリートだったが、娘の様子が気になり、帰国したふりをして「トニ・エルドマン」という別人のふりをして娘の行く先々につきまとう。監督・脚本は『恋愛社会学のススメ』のマーレン・アーデ。

 

言いたい放題

キット♤ ドイツ・オーストリア合作による長尺162分の作品。ドイツでは大ヒットしたらしいけど、コメディなのかヒューマンドラマなのかよう分からんかった。それでいてかなりシュールではある。あまり好きなタイプの映画ではなかったな。

アイラ♡ かなりオフビートな味わいで、一言でこんな映画だという説明のしにくい作品。父親も娘もあまりまともとはいえなくて、理解に苦しむ行動が続くし、展開にもそれなりに忍耐強く付き合わなくちゃならないし。でも私は結構好きで、笑いながら涙がこみあげてくる場面がいくつもあった。いわば救い難いほど不器用な父娘の泣き笑いの物語。

♤ ピアノ教師で生計を立てているらしい父親ヴィンフリート(ペーター・シモニスチェク)は、生徒が辞めて飼い犬が死んだのをきっかけにブカレストで仕事をしている娘のところに押しかけていってちょっかい出すって話。娘のイネス(サンドラ・フラー)はコンサルタント会社の中間管理職で、仕事はできるし上昇志向も強そう。上司と部下に挟まれつつ、自分のキャリアのために実績をあげようとしているが、プレッシャーがかかると微妙なところで失敗してしまう残念なタイプ。そこに乱入してきた父親は、自己満足のジョークのために生きているような変な親父。常にイライラしている娘をリラックスさせてやるつもりなのかもしれないけど、邪魔をしているようにしかみえない。

♡ 娘の仕事がそもそもどんなものなのか、父親はまるで理解できてないのよね。これは現代社会ではすごいありがちな状況。でも父親として、娘が神経をすり減らしていることは肌でわかる。バレバレの変装して、トニ・エルドマンなんて名乗って、ウザさ全開で娘につきまとう父親の大きい身体は寂しさいっぱいで、娘のうっとおしさも実感としてわかるだけに、逆の意味で私はもうたまらんかったわ。

♤ そうか~? 親父の引き起こす騒動はだらだら長いばっかりで疲れるし、ストーカーみたいに娘につきまとうのには辟易。変なかつらだけならまだしも、入れ歯を嵌めたり外したりするところが生理的に気持ち悪くて気分が入っていかなかった。

♡ あの入れ歯は私もちょっと気持ち悪かったけど。けどこれって、イネスの側からみるとほんとに身につまされる話なのよ。彼女のやることは時として常軌を逸してるけど、精神的にがさがさになってて、異常行動を重ねても彼女は表情一つ変えることがない。仕事仕事でとことん麻痺してるんやけど、でもイネスに近い女性は実は世界中にいっぱいいてる。そこに共感が集まったんやと思う。

♤ ただでさえプレッシャーで潰れかかっていた娘が壊れていくところは見ものやとは思う。R12指定やったっけ? それでもこのシーンはなぁと思うとこもあるし、会社の同僚たちを招待する誕生会をいきなりネイキッド・パーティに変えてしまうくだりなんか変に笑える。ただ、ここにも親父が意味不明の着ぐるみで乱入してくるんやけど・・・。

♡ たしかに、いったいどう観たらええのかわからん場面は少なくないよね。でもこの父親は、「アウトソーシング」なんて言葉はわからなくても、まともに笑うこともできなくなってる娘のキツい状況は感じ取ってる。不器用な方法でしか近づけないけど、これでええのか? 幸せなのか?としつこく問い続けてくる。着ぐるみで現れたのも、どんな表情で娘と接したらいいのか途方に暮れてのことやと思う。自分自身と親との関係を思ったら、もう切なくて悲しくて、嗚咽がこぼれそうやったわ。とうに子離れ・親離れしている年代でも、親子関係ってこんな部分を残しながら続いていく。「ユーモアの大切さはいつかわかる」っていう父の言葉も、いずれはイネスに届くのよ。

♤ けどやっぱり、あまり好きなタイプの映画ではなかったなぁ。唯一好きなのは、親父がパーティで知り合ったおばさんのホームパーティに身分を詐称して乱入して、仕方なしに付いてきた娘が父親の伴奏でホイットニー・ヒューストンの“Greatest Love of All”を熱唱するところやな。

♡ あの歌はもともとモハメド・アリの伝記映画の主題曲やったのやけど、ホイットニー・ヒューストンで大ヒット。自尊心と誇りをもって生きることの大切さを子どもたちに教えるという、まさにあのシーンにぴったりの歌詞。事実、あのあたりからイネスは微妙に変わっていく。父との関係はまだぎこちないけど、おばあちゃんの帽子と親父の入れ歯(気持ち悪いけど)をイネスが身につけて少し微笑んだことで、親父はようやく安堵できたんやと思う。

♤ そういえば、ジャック・ニコルソンがハリウッドでの映画化権を取得してるそうやけど、このセンスはアメリカ人に伝わるんかなと、ちょっと心配。

♡ むしろジャック・ニコルソンが、トニ・エルドマンの人物像をどうアメリカ風に彫り込むかが興味深いところやね。

 

 

予告編

スタッフ

監督 マーレン・アーデ
脚本 マーレン・アーデ

キャスト

ペーター・シモニスチェク ヴィンフリート/トニ・エルドマン
サンドラ・フラー イネス
ミヒャエル・ビッテンボルン ヘンネベルク
トーマス・ロイブル ゲラルト
トリスタン・ピュッター ティム

レクタングル336

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