おすすめ度
キット ♤ 4.5 ★★★★☆
アイラ ♡ 5.0 ★★★★★
ミズーリ州の片田舎の町、幹線を外れたさびれた道路沿いに巨大な3枚の看板が立った。広告主は、何者かに娘を殺されたこの町に住むミルドレッド。犯人を逮捕できない警察に抗議するための行動だった。解決されない事件に、やり場のない怒りを募らせていくミルドレッドを快く思わない警官たちや住民。いさかいは絶えず、事態はますます悪化していく。自責の念を怒りに変えて周囲にぶつける母親ミルドレッドにフランシス・マクドーマンド。ウッディ・ハレルソン、サム・ロックウェルら演技派が脇を固める。監督は『セブン・サイコパス』『ヒットマンズ・レクイエム』のマーティン・マクドナー。2017年ベネチア国際映画祭で脚本賞、同年のトロント国際映画祭でも最高賞にあたる観客賞を受賞。
言いたい放題
アイラ♡ まだ2月上旬の段階やけど、たぶんこれは私の本年度ベスト3に入りそう!
キット♤ 劇場予告と断片的な情報で、フランシス・マクドーマンド演じる母親が、殺された娘の犯人を検挙できない警察を挑発する3つの大看板を立てることはわかってた。となれば、怠慢な警察と弱い一市民という構図なんやろと思うところやけど、そんな予想はあっさり外れてしまったな。
♡ 何といっても脚本が素晴らしい。マクドナー監督は俳優にアドリブを許さず、台本通り喋ることを求めるそうやけど、登場人物たちの感情の動きを緻密に描いていく作品。
♤ いかにもさびれ切った田舎町。警察署員は、キレやすくすぐ暴力に走るディクソン(サム・ロックウェル)を筆頭に人種差別者だらけで、お世辞にも素晴らしいとは言えないが、土地柄を考えればそんなものなのかも。
♡ 本作を観て『イージーライダー』の時代から変わってないと言った知り合いがいるけど、警官の間にさえ堂々と人種差別がまかり通り、住民のプライバシーもあったもんじゃない狭い社会。
♤ 母親ミルドレッドの標的となる警察署長のウィロビー(ウッディ・ハレルソン)は、なかなかの人格者で人々からの尊敬と信頼もあつい。しかも末期がんで余命数か月。ミルドレッドはその署長を名指しで糾弾し、捜査状況を説明にきた彼に勝手な無理難題を押し付ける。途中までは、解決しない事件に怒り狂うモンスター・マザーさながら。
♡ 狭い町で彼女は孤立を深め、息子も学校で浮いてしまうありさま。さらにアブナイのが警官のディクソン。もともと頭のよくないところへ、署長の死をきっかけに暴走して自分の首を絞めてしまう。およそ熟考するということができないタイプ。
♤ こいつがヘッドセット付けてABBAの「チキチータ」を内緒で聴いているところには笑わされるけどな。このあたりから陰湿で過激な暴力の応酬が続き、ついにミルドレッドは警察署の焼き討ちを決行してしまう。ここに至ってはアメリカ南部の伝統に則った暴力の連鎖による悲劇の予感すらして、観るほうの気持ちもますます殺伐としてくる。
♡ ところが放火を境に変化が現れてくるのよね。署長が自分に残してくれた手紙を機に、ディクソンは何かに目覚めていく。彼の変化を象徴するオレンジジュースのシーンは胸がいっぱいになったわ。なぜあんなディクソンを赦すのか・・・。ここは作品の重要なキーポイントやと思う。実際、ミルドレッドの燃え盛り続ける怒りも、娘の死に対する自責の思いが姿を変えたものだったのだと思うしね。作品のテーマは怒りであり、それに対する赦しでもある。ディクソンもまた、鬱屈した生活への憤懣を抱えていた小人物。怒りの発散は時として取り返しのつかない結果を招くけれど、それを包容するところに赦しの心も生まれていく。結末のはっきりしないエンディングも、ミルドレッドの一言で一応の結論は出ている。ただ観る人によって受け止め方は違ってくるやろけどね。
♤ よくできた作品。難を言うと、小さな男は要らんかったと思うんやけど。
♡ そうかなぁ。ミルドレッドはこの世に自分ほど貶められた存在はないと思っているけど、小さいおっちゃんから「人を見下してる」って指摘されて、ようやく自分を客観視できるようになる。事実、ここから彼女は変化していくわけやし、同じくディクソンのターニングポイントに関わる広告代理店のあんちゃんと並んで、すごく重要な役どころなのとちがうかな。
♤ 2018年のアカデミー賞には作品賞、主演女優賞(フランシス・マクドーマンド)、助演男優賞(ウッディ・ハレルソン、サム・ロックウェル)、脚本賞、編集賞の6部門にノミネートされている。他のノミネート作品はまだ観てないけど、マクドーマンドは受賞してもおかしくない。同一映画から2人の助演男優がノミネートというのが過去にあったかどうか覚えてないけど、この2人もよかったな。複数部門で受賞しそうな気がする。
♡ もちろん作品賞でもええよ~! そうそうひとつだけ。酒場でレイプ犯らしき男の独白を耳にしたディクソンがかっこいいヤツに変貌していくあの場面。バックに、ジョーン・バエズ版の“The Night They Drove Old Dixie Down”がほぼフルコーラス流れる。南北戦争で南軍に参加した青年を語り部とするThe Bandの叙事詩的なこの歌は、北軍に古き良きものを破壊されてしまった南部の心の傷を歌ったもの。ディクソンが初めて自分の足で立っていくわずか数分のシーンに、南部人の哀しみと誇りを歌う曲を重ねたところはとても象徴的でよかったな。
予告編
スタッフ
監督 | マーティン・マクドナー |
脚本 | マーティン・マクドナー |
キャスト
フランシス・マクドーマンド | ミルドレッド |
ウッディ・ハレルソン | ウィロビー |
サム・ロックウェル | ディクソン |
アビー・コーニッシュ | アン |
ジョン・ホークス | チャーリー |
ピーター・ディンクレイジ | ジェームズ |
ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ | レッド・ウェルビー |