おすすめ度
キット ♤ 4.0 ★★★★
アイラ ♡ 4.0 ★★★★
カンヌでグランプリを受賞した『夏をゆく人々』などで世界から注目されるイタリアのアリーチェ・ロルバケル監督が、無垢な魂を持った青年ラザロを通して、豊かさや幸福さをめぐる現代社会の様相を描く。2018年のカンヌ国際映画祭コンペティション部門で脚本賞を受賞。社会から隔絶されたイタリアの小さな村で、村人たちは小作制度が廃止されたことを知らされぬまま、領主の伯爵夫人から搾取されていた。夫人に反抗する息子が狂言誘拐を企てたことから詐欺的な搾取が発覚し、村人たちは初めて外の世界へと出ていくのだったが、ラザロだけはそこへ留まった・・・。
言いたい放題
アイラ♡ 昨年のカンヌで『万引き家族』とコンペティション部門で注目を集め、脚本賞を受賞した作品。スコセッシも絶賛して、完成後にプロデューサーとして名乗りを上げたというほど、色々な面で話題となってるのね。80年代にイタリアで起きた実際の詐欺事件をモチーフに、無垢なラザロの目を通して現代社会の様相を寓話的に描き、幸福とは何か、豊かさとは何かを問いかけてくる・・・とでもいえばいいのかな。とても不思議な味わいで貫かれてる。何より、気鋭の女性監督がよくぞこのラザロ役の青年を発掘してきたものだと思う。首から下は重労働に耐える丸くのっそりとした体型なのに、その上には宗教画の人物のように神々しいまでに無垢で汚れのない顔がある。物語もどこか聖書の挿話のようやし。
キット♤ 127分と長さは平均的ながら、前半と後半とで全く異なる映画を2本観たような気にさせられる。前半の舞台はイタリアの僻地で外界から孤立した貧しい農村。タバコ栽培を生業としている小作人のコミュニティが描かれる。夜になると明かりを灯すための電球を融通し合ったり、結婚しようとする若者たちを祝福するのに僅かなワインを回し飲みしたり、極度に貧しいながらも農作業に勤しむ人たちからは不幸は感じられず、むしろ幸せそうにさえ見える。
♡ 重労働の末に収穫した葉タバコの代金も、生活必需品を買えばすっかり消えてしまうような生活やけど、全員参加の農作業にはきらきらとした明るいエネルギーさえ漂ってる。こうした部分の描き込みがすごくいいのよね。エルマンノ・オルミの『木靴の樹』を思わせる。もっといえば、デ・シーカやフェリーニらのネオレアリスモ作品を思わせる部分も多々あって、力強いイタリア映画の系譜が現代の監督にまで伝えられていると感じた。
♤ 純朴で幸福そうだといっても、村人が揃って善人というわけでもない。どうにも手癖の悪い子どももいたりするし・・・。ただ主人公のラザロは純朴で働き者。誰もが事あるごとに彼を呼びつけては仕事を押し付け、彼もいいように使われている。
♡ まるで存在感の薄いラザロ。ここでラザロって何者なんやろうという疑問がわいてくる。労働をいとわず、欲もなく、ただ純真に人が望むことを叶えようとする。現実社会では軽い知的障害と呼ばれそうな人物やけど、彼の清らかな瞳のなかに聖性のようなものを感じてしまう不思議。キリスト教の信者やったら、何かぴぴっ!と来てしまうに違いないと勝手に想像。というのも、ラザロって聖書に出てくる一度死んだ後に蘇る人物で、キリスト教圏では“蘇生・復活”をイメージさせる名前でもあるから。
♤ そんな村に外界からやってくるのが、領地の所有者の伯爵夫人と息子、ずる賢そうな管理人とその娘の4人。領主~管理人~小作人というヒエラルキーはまるで中世のようやけど、領主の息子の服装が今風で旧型の携帯電話を持っていたりするので現代の話とわかる。イタリアでは1980年くらいまで小作制度が残っていて、それが廃止されたことを領主が小作人に知らせずに隔離して搾取を続けていたということが実際にあったそうで、前半はその事件が下敷きになっている。
♡ この詐欺的な搾取が、伯爵夫人の息子タンクレディが母親への反抗心から狂言誘拐を画策したことから表面化。小作人たちは開放され、村から出ていくことになるのやけど、タンクレディを探しに出たラザロは高い崖から転落してしまう。
♤ 死んでもおかしくないような状況から目覚めたラザロ。並行して年老いた狼と聖者の話が語られる。こうした場面に、キリスト教徒ならラザロが怪我ひとつなく甦ったことと聖書の話を容易に重ね合わせられるのやろけど、われわれにはもうひとつ分かりづらい。そして後半に入った途端、話は超現実的なものになっていく。何といっても、ラザロの見かけは何ひとつ変わっていないのに、彼がそこから次々と出会っていくかつての村人たちは20歳分くらい歳を取っている。ラザロが20年眠っていたか、20年後の世界にタイムワープしたみたいに。
♡ 初めて外界へ出た村人たちは、都会の片隅で泥棒や詐欺で生計をたてながら共同生活をしている。領主の搾取からは逃れたものの、現代社会の中で這い上がれず相変わらずヒエラルキーの底辺にいる。そこへ歳を取っていないラザロが舞い降りるかのように現れ、成人していたかつての村の子どもたちは彼の前に額づく。
♤ 犯罪集団みたいに生きている元村人たちやけど、ラザロが正直者の顔をしているからと詐欺に利用することを思いつく。再会したタンクレディから自宅に招待を受け、有り金をはたいて高級菓子を手土産に用意する人の良さが残っていて憎めないのやけど、したたかに生きる術を身に着けている。タンクレディのほうも、すっかり落ちぶれてるくせに平気で嘘をつく癖が抜けていない。完全な善人などいないが、より底辺に近い場所を知っている人々のほうが、善の心を少しはたくさん持っているということなのか。
♡ でも無私で無垢なラザロは、それがゆえに悪行に利用されてしまう。ラストでは、タンクレディのためにラザロが行動を起こした結果、暴徒のような人々から打ち据えられ、高潔さだけでは生きていけないことが示唆される。思えばフェリーニの『道』のジェルソミーナとラザロは、どこか重なるとこがあるわね。
♤ ラストで元小作人たちが昔に住んでいた村を懐かしむ。何が幸せで何が不幸せかを決めるのは難しい。
予告編
スタッフ
監督 | アリーチェ・ロルバケル |
脚本 | アリーチェ・ロルバケル |
キャスト
アドリアーノ・タルディオーロ | ラザロ |
アニェーゼ・グラツィアーニ | アントニア |
アルバ・ロルバケル成長した | アントニア |
ルカ・チコバーニ | タンクレディ |
トンマーゾ・ラーニョ | 成長したタンクレディ |
セルジ・ロペス | ウルティモ |
ナタリーノ・バラッソ | ニコラ |
ガラ・オセロ・ウィンター | 成長したステファニア |
ダービット・ベネント | エンジニア |
ニコレッタ・ブラスキ | 侯爵夫人 |