レビュー

ジュピターズ・ムーン(Jupiter holdja)

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おすすめ度

Jupiter holdjaキット ♤ 4.0 ★★★★
アイラ ♡ 4.5 ★★★★☆

祖国シリアを逃れハンガリーを目指すアリアン。国境を越える混乱のなかで父とはぐれ、逃げようとするところを国境警備隊の男ラズロに銃撃される。瀕死の状態で難民キャンプに運び込まれたアリアンは、そこで働く医師シュテルンの目の前で突如浮遊する。医療ミスで遺族に多額の金銭を支払わなければならないシュテルンは、アリアンを利用した金儲けを計画する・・・。監督は、『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲』で第67回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリを獲得したハンガリーのコーネル・ムンドルッツォ。

 

言いたい放題

キット♤ ハンガリー制作の映画なんやな。主な舞台はブダペストの街。ハンガリー映画を観るのは初めてかと思ったが、調べたら『サウルの息子』もハンガリー映画だったので、おそらくこれが2本目。

アイラ♡ これは期待をはるかに超えて当たりやったなぁ。作品の語り口が見えてくるまで、少し居心地の悪い思いをするのやけど、SFファンタジー仕立てにしていながら、難民問題やテロなどヨーロッパの直面する社会・政治情勢と、ドンパチやカーチェイスなどの娯楽的要素を絶妙のバランスで味わい深くまとめてる。

♤ 冒頭に作品タイトル「ジュピターズ・ムーン(=木星の月)」の解説がある。木星の月(衛星)の中でガリレオ・ガリレイが発見したものが4つあって、そのうちの一つが「エウロパ」という星。つまりタイトルの「ジュピターズ・ムーン」はヨーロッパを意味してる。

♡ 木星の月というSF的なタイトルにしながら、実は欧州情勢に題材を取っているということを示した秀逸なタイトルやね。

♤ ハンガリーは、西はオーストリアとスロベニア、北はスロバキア、東はルーマニア、南はクロアチアにセルビアと国境を接する内陸国。近年ヨーロッパで大問題となっているシリアの難民は、トルコからギリシャに渡り、セルビア、ハンガリーを経由してドイツを目指す。ハンガリーはその通り道にすぎないが、難民受け入れに否定的で、セルビアとの国境に壁を作ったり強硬な反難民政策をとっているのでEUの中でも孤立している。

♡ 難民が押し寄せてくることで社会がきしみ、人々も苛立っている。これをテーマにした映画も続々と作られているけど、本作は作り方においてかなり異彩を放ってるわね。

♤ 物語は、夜陰に紛れてセルビアからハンガリーへと国境の川を越えようとする大勢の難民たちと、それを阻止するハンガリーの国境警備隊による激しい銃撃の場面から始まる。この難民の一人アリアン(ゾンボル・ヤェーゲル)という青年。無防備のまま逃げるアリアンを撃つ国境警備隊のラズロ(ギェルギ・ツセルハルミ)、病院に運ばれたアリアンを診察する医師シュテルン(メラーブ・ニニッゼ)が主要登場人物。

♡ そこまでは、やや幻想的な画面ながらもシリアスドラマのタッチで進む。ところが重症を負ってシュテルンのもとに運び込まれたアリアンは、シュテルンの目の前で空中浮遊の能力と重力をコントロールする力を発揮する。なぜそうなったかの説明はなく、アリアンにもわからない。

♤ そこはSF風ではあるのやけど、全体にはむしろ人間ドラマという作りなのでなぜかSF映画という感じがしないんやな。アリアンも、一難民青年というよりはある種の象徴的存在。真の主人公は、人生の行き場を失った医師のシュテルンであることがやがてわかってくる。

♡ シュテルンは、飲酒による医療ミスで患者を死なせ、遺族に多額の金を払って起訴を取り下げてもらって、医師として病院に復帰したいと虫のいいことを考えている人物。恋人の看護師と結託して難民を逃す裏ビジネスまで手がけてる。さらにアリアンを利用して、金持ちの患者から大金を巻き上げようとする実に倫理観のない男。

♤ けど、アリアンに語って聞かせるところでは、患者を死なせたことを自分の責任と認識してはいて、人としての奥行きは感じさせる。こういうところの人物描写がうまく、演じるメラーブ・ニニッゼのうらぶれた感じがなかなか良い。

♡ 気の毒に、アリアンは地下鉄の自爆テロに巻き込まれ、テロリストとして指名手配されてしまうんやけど、彼を追うラズロもなかなかアクの強いキャラで魅力的。

♤ 見どころは、アリアンとともにラズロの追手を逃れていくうちににシュテルンの心境に変化が生じていくところやな。遺族との賠償金交渉では、合理性優先で感情が伴わず、常時上から目線で相手の気持ちが分からないような人物像として描かれている。ところがアリアンとの再会場面では、宗教画を思わせるようにかがんでアリアンを仰ぎ見る。このなんとなく宗教的な色彩は、悪事を重ねてきたであろうラズロのラストのシーンでも見られる。

♡ ブダペストの街に高く舞い上がるアリアスを見た女性が「天使を見た・・・」とつぶやき続けるように、本作におけるアリアンは、やはりヨーロッパの空に浮遊する神格的な存在なのでしょうね。人々に「地上ではなく空を見よ」と語りかけるような・・・。シュテルンは、アリアンの目前に赦しを請うようにひれ伏し、ラズロもまたアリアンに向けた銃口を下げる。アリアンを追わず、助けることの意味を問うてくる作品だと思う。シリア難民問題に直面してない私たちには少しばかり共感への距離感があるとはいえ。

♤ あとは映像の素晴らしさやな。ハンガリーでも最新の画像技術は利用できると思えば、特筆するほどの合成技術ではないと思うけど、光と影のコントラストを上手に使っているところ、地下鉄に乗るまでの追跡シーンなどでカメラの長回しを多用しているところなど、映像にはなかなか凝っている。ラストの上空から街中を俯瞰する映像では、高速道路の車を停車させてかなり大がかりな撮影を行っているようやし。

♡ 森の中でも街の上空でも、アリアンが出てくる場面の静謐で幻想的なカメラは本当に美しい。かと思うと、アパートの一室を回転させる大掛かりなセットの使い方、特撮と実写の絡め方、細部にまで神経を使った画面処理など、映像には観るべきところが多い。低いところに車載カメラをつけたワンカット切れ目なしのカーチェイスもすごかった。こんな娯楽性を含んでいるところもなかなか憎めない。

♤ この映画のテーマは反ポピュリズムであり、それはハンガリーの現政権への批判と受け止められてかねないのに、堂々と撮影しているのには感心した。

 

予告編

スタッフ

監督 コーネル・ムンドルッツォ
脚本 カタ・ベーベル
コーネル・ムンドルッツォ

 

キャスト

メラーブ・ニニッゼ シュテルン
ゾンボル・ヤェーゲル アリアン
ギェルギ・ツセルハルミ ラズロ
モーニカ・バルシャイ ヴェラ

 

レクタングル336

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