レビュー

修道士は沈黙する(Le confessioni)

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Le confessioni

キット ♤ 4.0 ★★★★
アイラ ♡ 3.5 ★★★☆

その意思決定が世界経済を左右するG8財務相会議が、バルト海に面したドイツのリゾート、ハイリゲンダムの隔絶されたホテルで開かれ、なぜかひとりの修道士がここへ招待されていた。会議の前夜、IMF(国際通貨基金)の専務理事は修道士に告解を行い、直後に自ら命を断つ。死の原因解明が進められるなか、秘密を知るはずの修道士は戒律を理由に沈黙を続け、各国財務相たちの憶測や思惑がさまざまに入り乱れる。ミステリーであり、虚構の政治ドラマであり、そして哲学的な味わいをも帯びる異色作。監督は『ローマに消えた男』のロベルト・アンド。修道士サルスに『グレート・ビューティー 追憶のローマ』のトニ・セルビッロ、ロシェに『八日目』のダニエル・オートゥイユ、招待される絵本作家に『ワンダーウーマン』のコニー・ニールセンなど、欧米トップ俳優らの競演も見もの。

言いたい放題

キット♤ G8財務相会議の場を舞台にした異色のサスペンス映画。登場人物はIMFの専務理事で実質会議を仕切っているロシェ、G8の財務大臣たち、ゲストとして招待されたロックスター、著名な絵本作家、そしてイタリア人の修道士サルス。G8の会議に部外者が招待されるというのはピンとこなかったが、これはU2のボノが2007年のG8蔵相会議に招待されたのを下敷きにしているんやそうな。

アイラ♡ ホスト的存在のロシェは、会議前夜にゲストを招いて誕生祝いを開き、そのあと修道士のサルスを自室に招いて何やら告解をする。そして翌朝、ロシェがビニール袋を頭から被って死んでいるのが発見され、修道士に人々の目が集まるというところから話は進んでいく。

♤ 登場人物の中で、キーになるのがロシェとサルス。ロシェ(ダニエル・オートゥイユ)は見た目も押出しが強いが、天才的なエコノミストということになっていて、リーマンショックの際にアメリカ、イギリス、ドイツの財務大臣たちを内密に助けたとかで圧倒的な権力を持っている様子。しかも何やら秘密の数式まで持っている。

♡ 対する修道士サルス(トニ・セルビッロ)は、カバンひとつで空港に到着し、差し向けられた車で会議場へ移動する孤高の聖職者といった感じを漂わせてる。なぜ修道士がG8へ?と思っていると、ロシェが個人的な事情でサルスを告解の対象に選んだのだということがわかってくる。

♤ 「告解」がどういうものなのか我々には分かりにくいけど、Wikipediaによると「カトリック教会においては、洗礼後に犯した自罪を聖職者への告白を通して、その罪における神からの赦しと和解を得る信仰儀礼」とある。要は罪を告白して神から赦してもらうというひとつの宗教的な仕組み。死ぬ前に告解をするのはカトリックでは当たり前のことらしく、ロシェが告解の直後に自殺してしまうので翌日大騒ぎになってしまう。

♡ ところがこれは、自殺か他殺か、他殺なら誰が犯人か・・・という話ではなく、展開はむしろ登場人物たちによる神経戦の様相を呈していくのがある種の見もの。会話も哲学めいて、正直決して楽についていける話ではない。戒律を厳格に守り、告解の内容を他言しようとしないサルスは、ならば清貧そのものの透明感漂うような聖職者かというと、腹に一物を抱えているようなとぼけた面構えでもあり、不思議な怪しさを醸し出す。それだけに、告解の中味は何だったのかという興味も増してくる。

♤ もうひとつ予備知識が必要なのがG8について。主要8カ国首脳会議などとも呼ばれて、参加国は、フランス、アメリカ、イギリス、ドイツ、日本、イタリア、カナダ、ロシア。国際的に影響力のある国の代表が集まるサミットで、財務相が集まる会議は世界経済を安定・発展させるために力を尽くしているようなイメージを持っていた。だが、調べてみるとG8は国連とも関係なく、国力がある国が言い方は悪いが勝手に集まって、参加していない国々にまで影響を及ぼすようなことを勝手に決めている団体という見方もできる。Wikipediaにも『G8の「決議」「決定」「宣言」その他諸々は、国際法上の根拠を何ら持たない“仲間内での取り決め”である』とある。

♡ なるほど。だからこの作品には、先進諸国の奢りみたいなものをあざ笑うようなにおいが漂ってるのかしらね。登場人物が深刻な顔をするほど、独特の空疎感が立ちのぼってくるでしょ。

♤ G8には功罪両面があるんやろけど、本作ではG8の悪い面が強調されている。つまり、ロシェが主導するG8は世界経済を破綻から守るという名目で何らかの決議を行おうとしてるけど、それが決議されると開発途上国は深刻な影響を受けるらしいということが次第に分かってくる。各国の大臣の立ち位置も、ドイツ、アメリカ、イギリスは推進派、カナダは反対、イタリアも心情的に反対だが長いものに巻かれつつあるなど様々。フランス、日本、ロシアはあまり存在感がなかったけど。
で、推進派の面々が反対派をまるめこんで決議しようとしていた矢先、ロシェが自殺してしまい、直前に告解していたことが分かって、修道士が「悪事」を知ってしまったのではないかという疑心暗鬼からそれぞれがパニックになる。

♡ 告解のシーンは小出しに挿入されるけど、ロシェが何を修道士に話したのかは観ている側にも途中まで分からず、さらにミステリー性が高まる仕掛け。

♤ しかもサルスはなかなかしたたかで、告解の内容については沈黙を守りつつ、イタリアの大臣に良心にしたがうよう揺さぶりを掛けるなど、なかなかのやり手。そこに絵本作家が応援に入って決議を阻止しようとするが推進派を止めるには至らない。ところが、最後に修道士がロシェから知らされていた謎の「数式」をすらすら書くと一気に形勢逆転、都合の良いことに修道士は出家する前は数学者で、謎の数式が世界経済を予測できる魔法の数式であることを理解できたということになっている。実は、この数式は不完全で実際には役に立たないが、ロシェの数式というだけで推進派の息の根を止めるに十分だったということや。

♡ 数式が出てきたときの財務相どもの狼狽ぶりが面白い。誰もが理解したふりをしてるけど、戸惑いは隠せない。世界経済を牛耳っていると思い込んでいる連中が、一人の謎めいた自殺をめぐってから騒ぎ。内心では戦々恐々としているその滑稽さをあざ笑っているのだと思う。そう考えると、山のように交わされる哲学的な会話も、単に空疎さの象徴とも受け取れる。そんな様子を一歩引いて眺めているサルスは、とうてい清貧な聖職者なんてもんじゃないわね。

♤ その意味で、対するロシェの存在が一番興味深いな。世界の経済を牛耳るだけの権力を得て、それを十分行使してきたのに、余命わずかと知ると、信心深いわけでもないのに告解をして魂の安らぎを得ようとする。これまで悪行を重ねてきたという自覚があればこそなんやろけど、いざる告解の段になって「赦しを与えられるのは神だけ」とサルスに断られると告解をやめてしまうところなど、告解さえも彼には駆け引きの道具でしかないという悲しさがある。

♡ 何にせよ一筋縄ではいかない作品。原題の『Le confessioni』は「告解」の複数形で、ここも興味を引くところなのよね。財務相たち以外に招かれていた絵本作家やミュージシャンの立ち位置があまりよくわからないんやけど、そういえば修道士も招かれてるというのに、ミュージシャンが余興でルー・リードの「ワイルドサイドを歩け」を歌うのはなかなかシュール。

♤ 絵本作家がなぜ修道士を応援したのかとか、日本の大臣が散歩で会った修道士に「東洋人である自分にはあなたの沈黙はよく分かる」というと修道士が黙って海に入って泳ぐところとか、観る側の想像力に任される場面は多い。良心を持つ人と良心を失った人たちとの対立という見方できるけど、作品の中ですべてを説明していないところがイタリア映画っぽくてよい。

♡ 最後にドイツ財務相が連れていた犬がサルスに付いて行ってしまうところ、何やら象徴的なオチやったね(笑)

 

予告編

スタッフ

監督 ロベルト・アンド
脚本 ロベルト・アンド
アンジェロ・パスクイーニ

キャスト

トニ・セルビッロ ロベルト・サルス
ダニエル・オートゥイユ ダニエル・ロシェ
コニー・ニールセン クレール・セス
ピエルフランチェスコ・ファビーノ イタリアの大臣
マリ=ジョゼ・クローズ カナダの大臣
リシャール・サムエル ドイツの大臣
伊川東吾 日本の大臣
アレクセイ・グシュコブ ロシアの大臣
ステファーヌ・フレス フランスの大臣
ジョン・キーオ アメリカの大臣
アンディ・ド・ラ・トゥール イギリスの大臣
ジュリア・アンド カテリーナ
モーリッツ・ブライブトロイ マルク・クライン
ヨハン・ヘルデンベルグ マイケル・ウインツェル
ジュリアン・オベンデン マシュー・プライス
エルネスト・ダルジェニオ チーロ
ランベール・ウィルソン キス

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