レビュー

ラブレス(Nelyubov)

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Nelyubov

キット ♤ 4.0 ★★★★
アイラ ♡ 4.0 ★★★★

『父、帰る』『裁かれるは善人のみ』など、ロシア社会の暗部や家族の愛憎を撮り続けるアンドレイ・ズビャギンツェフ監督が愛のない家族の姿を描いた作品。一流企業に働くボリスと美容サロンを経営するジェーニャ夫婦にはすでに別々のパートナーがおり、離婚の協議が進んでいた。早く互いに縁を切りたいと切望する2人にとって、一人息子のアレクセイはただの邪魔者。ある日、激しい口論のなかでどちらも息子を必要としていないと言い放ったのをアレクセイに聞かれてしまう。アレクセイは登校途上で行方不明となり、2人は懸命にその行方を探すのだったが・・・。2017年・第70回カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞。

 

言いたい放題

キット♤ ソビエト連邦解体後のロシアの映画を観た記憶がないので、これが初めてのロシア映画かもしれない。なので、最近のロシアの映画事情には全く疎いけど、観てみると観客の心理を想定して綿密に作られたモダンな作風の映画だった。

アイラ♡ スマホ漬けの人々や高級レストランで女子会を開く娘たちの様子をさらりとはさみながら、中の上くらいの富裕層が旧西側社会と何ら変わらない生活を送っていることが示される。夫のボリスは立派なカフェテリアを備えた会社で働き、妻のジェーニャはエステサロンを経営してるというのも象徴的。

♤ プロット自体はシンプルで、経済的に水準以上の生活をしていながら互いに新しいパートナーがいて、早く離婚を成立させたい夫婦はどちらも12歳の息子アレクセイを引き取りたくはない。ある日、両親の口論からそのことを知ってしまった息子が失踪し、捜索が始まるという筋。

♡ この両親というのがとにかく身勝手で、ボリスはどうやら女性に手が早いタイプ。若い彼女はすでに妊娠しており、ジェーニャとの結婚も妊娠がきっかけ。息子は欲しくて産んのではないというジェーニャも、富裕な大人の男性との関係に溺れている。夫婦ともいまの相手との関係にはまり込んでいるのがしつこく描かれるけれど、この2人が愛と幸福を履き違えているという感じが色濃く漂ってるのよね。

♤ それでも息子が行方不明となり、彼らは警察を頼って捜索を始めるのやけど、この子がなかなか見つからず、観ている側はいつの間にか探す側の気持ちになってくる。しかしいろんな可能性が浮かんでは否定され、毎回厳しい現実を直視させられるんやけどその作り方が上手い。

♡ ネタバレになるけど、最後に遺体安置所でひとりの少年の遺体を見せられ、2人は即座に息子ではないと断言する。

♤ でも、その否定のしかたが強すぎることで実は息子であったことが示唆されはするのやけど、それ以上の説明は加えられず観客の想像力に委ねられる。

♡ 私はやっぱり、あの遺体はアレクセイだったんだろうと思う。早く幸せな生活を営みたい彼らにとっては、息子が永久に行方不明のままであれば、周囲の同情を買いつつも前に進むことができる。けど死亡が確認され原因究明が始まれば、彼らはネグレクト親として世間の非難にさらされ、幸せな新生活が逃げていく・・・。ジェーニャが一瞬にして大ショックと混乱に襲われ、ボリスは泣き崩れるのも、即座にDNA鑑定を否定したのも筋が通るでしょう。

♤ すべて言明されてないけど、その推論はあり得るな。言明してないという点では、数年後のボリスが若い妻とその母親と一緒に安アパートで暮らしていて、かつての高給取りではなくなったことや、家庭での実権も奪われてしまっていることが視覚的に示されるのも同様。

♡ 1歳くらいに育ったわが子をぞんざいに扱うところにも、彼が現状に決して幸せを感じていないことがわかるわね。ボリスの元勤務先にはキリスト教原理主義者的な社長がいて、離婚した社員をクビにするという前振りのような話が出てくるけど、あのしたり顔の同僚がボリスの離婚をチクったんちゃうかなという気がしてならないわ。

♤ 一方、ジェーニャのほうはちょっとわかりにくい。新しい夫と住む高級住宅でウクライナ紛争をロシア側の視点で報道するニュースに特に関心を向けるでもなく、屋外のトレッドミルで黙々と走るラストシーン。一言のセリフもなく、ジャケットの胸にはRussiaの文字が入っている。これが何を意味するのかよくわからないけど、最後に映し出される彼女の絶望的なまなざしに、やっぱり幸福とは言い難い状況が見て取れる。

♡ 作品中には、スターリン的と称されるジェーニャの母親とか、ヒゲおやじと呼ばれる厳格なキリスト教信者の社長とか、何らかの暗喩と思われる設定が多々埋め込まれてたね。あのきっつい母親がスターリン、社長がイワン雷帝の暗喩と仮定すると、いずれもロシアの人々にとっては過去の圧政の象徴。いまだその呪縛から逃れられない社会を風刺しているのかも。ウクライナ情勢を報じるニュースを入れ込んだり、それに対して無関心なジェーニャのスポーツジャケットにRussiaと入っていることもロシア社会への批判かもしれないし。そう考えると、ボリスたち夫婦のありようも、現代ロシアの人々が快楽ばかりを追い求め真の愛を見失ってはいないか?という問いかけなのかもしれない。今回については、「幸せを渇望し、愛を見失う」という邦題のサブテーマはうまいと思ったわ、

♤ ひとつ印象深かったのは、警察の紹介で夫婦が息子の探索を依頼するボランティアのグループ。この行方不明者を捜索するグループは実際に存在するらしいが、リーダーの的確な判断力と統率力、人員を投入できる機動力、規律の取れたメンバーの行動など全てがプロフェッショナル。彼らが行動を開始したとたんに主導権を握ってしまい、夫婦は息子を探すことにおいての専門能力を持たないことだけでなく、今までの子育てにおいても良い両親でなかったことが対比としてあぶり出される構図が面白く、実によく考えられていると思ったな。

 

予告編

スタッフ

監督 アンドレイ・ズビャギンツェフ
脚本 オレグ・ネギン
アンドレイ・ズビャギンツェフ

キャスト

マルヤーナ・スピバク ジェーニャ
アレクセイ・ロズィン ボリス
マトベイ・ノビコフ アレクセイ
マリーナ・バシリエバ マーシャ
アンドリス・ケイシス アントン
アレクセイ・ファティフ コーディネーター

レクタングル336

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