レビュー

バイス(Vice)

投稿日:2019年4月9日 更新日:

おすすめ度

Viceキット ♤ 4.5 ★★★★☆
アイラ ♡ 4.0 ★★★★

ジョージ・W・ブッシュ政権下でアメリカ史上最も権力を持った副大統領といわれたディック・チェイニー。酒癖が悪く定職にも就けないぐうたら青年だったディックは、後に妻となる上昇志向の強い恋人リンの叱咤を受け政界入り。下院議員だったドナルド・ラムズフェルドのもとで頭角を現し、大統領首席補佐官、国務長官を経てジョージ・W・ブッシュ政権でついに副大統領の座を得る。演じるのは数々の作品で肉体改造に挑んできたクリスチャン・ベール。本作でも体重を20キロ増やし、髪まで剃ってチェイニーになりきった。リンには『メッセージ』『アメリカン・ハッスル』のエイミー・アダムス、ラムズフェルドに『フォックスキャッチャー』『マネー・ショート 華麗なる大逆転』のスティーブ・カレル、ブッシュには『スリー・ビルボード』のサム・ロックウェルとオスカー経験者が並ぶ。

 

言いたい放題

キット♤ 最初は、アメリカの副大統領なんか主人公にしたって面白い映画になるわけないと思ってた。副大統領の仕事なんて大統領が職務を続けられなくなったときの代理くらいのもので、注目されるのは大統領候補者が選挙を有利に進めるために誰を副大統領候補に指名するか・・・というときくらい。就任後の存在感なんてほとんどない。ところがディック・チェイニーは違った。

アイラ♡ G.W.ブッシュ時代、たしかに副大統領としての彼の名前が頻繁にメディアに登場してたのはよく覚えているけど、実はニクソン政権時代からじわりじわりと頭角を示してきていた人物とは知らなかった。

♤ 若いころのディックはまったくのダメダメ男。イェール大に入れるほどやったのに酒癖が悪く、ワイオミングの田舎で架線工事の作業員をしていたのが、聡明で野心家の妻リンに尻を叩かれて政界入り。下院議員だったドナルド・ラムズフェルドに師事しながら権力の階段を登っていくところがまず描かれる。そこからはほぼとんとん拍子で、実業界にも身を置き、ついにはG.W.ブッシュの副大統領となり実質的に「影の政府」を組織して政権を切り回していく。そもそもG.W.ブッシュは父親と違って傍目にも頼りない大統領にしか見えなかったけど、裏にディックがいたと知れば納得がいく。「Vice」には「副(大統領)」だけでなく、「悪徳」「悪癖」「不徳」なんて意味もあるから、タイトルにはいろんな思惑が込められていそう。

♡ 途中で気づいたのが、マイケル・ムーア作品と作りがよく似てること。ドラマの合間に当時のニュース映像や画像がどんどんインサートされて、大量の情報がスピーディーに処理されていくあの感じ。実際、ついていくのが結構たいへん。ところどころで入ってくるナレーションも、マイケル・ムーアの一連の作品を連想させる語り口。

♤ 問題はこのナレーションの声の主。中盤でその正体を見せるのやけど、みたところいかにも平均的なアメリカ人男性。ストーリーとの関連性がさっぱり見えないまま話は進み、最後の10分ほどでようやく彼の役割が判明する・・・。ほかにも、ディックとリンの間でシェークスピアが話題になった際に、2人がベッドの中で「シェイクスピア風にやってみよう」とシェークスピアの劇のセリフのような会話を2通り演ってみせるところなどは完全にコメディ。

♡ チェイニーの有能さやしたたかさ、悪辣さを描き出しながらも、その人間性を徹底的におちょくってるのよね。ナレーションの主にしたって、殺しても死にそうにないチェイニーに対する最大の皮肉。G.W.ブッシュに至っては、いつも何かを意地汚く食べていて、人の話を理解できてるのかどうかもわからないようなあほ人間として描いてるし。これを『スリー・ビルボード』のサム・ロックウェルが好演。

♤ ルアー釣りが家族の趣味らしく、川釣りのシーンを何度も見せておいて、ディックが副大統領候補になることを受ける代わりに実権を振るうということを、言葉巧みにブッシュに呑ませる場面と獲物を釣り上げるシーンを重ねてみせたり、随所で笑いを取ってくる。

♡ レストランでウェイターが説明するメニューの内容とか、途中で出てくるエンドロールとかもね・・・。おちょくっているといえば、スティーブ・カレルの演じるラムズフェルドが地味にすごい。ベースがコメディアンである彼の起用はずばりハマっていて、しゅっとした外見とは大違いの、下品で野心満々のイヤな男を見事に演じてた。ただ、これだけの腹黒人間たちを束にして描きながら、演技上手の俳優たちのおかげでおかしみのほうが増幅して、こちらもにやにやしながら観てしまう。実に巧みな演出よね。

♤ なので、本作を特定のカテゴリーにはめるのは難しいな。政治映画のようでもあり、伝記映画のようでもあるけど、強いてい言えばやっぱりコメディ。主演のクリスチャン・ベールがインタビューで、「この映画を政治的な映画にしたくなかった」と言ってる。登場人物はすべて実在で存命中。ほかにもパウエルやライスなどまでがそっくりメイクで登場して、特にイラク侵攻をめぐる政権の裏側を想像と創作を交えて見せてるけど、真正面からの批判を避けてコメディにしてしまっているところで政治的とはいえないかもしれない。でも、観る者がブッシュとトランプを対比して考えざるを得ないところでは十分に政治的といえると思う。

♡ ラスト近く、何かのグループインタビューみたいな場面が出てきて、参加者のひとりが「なにかおかしいと思ったらこの映画はリベラルだ!」と叫び出して、ちょっとした言い争いになるシーンがあるでしょ。詰まるところ、この映画が言いたいのは「共和党がこの国を悪くしてきた」という1点なんやろね。しかもチェイニーはニクソン時代から政界に入り込んで、フォードにもレーガンにもパパ・ブッシュにも仕えてきた。あの参加者が叫ぶ、「オレンジ顔(トランプのこと)が選ばれて、この国はどんどん悪くなってる」というセリフにアダム・マッケイ監督の本音が込められてると感じた。

♤ 見逃せないのは、体重を20kg増やし、髪の毛まで剃って、原型を留めない役作りをしたクリスチャン・ベール。喋り方まで研究しつくして終始圧倒的な存在感。共演者たちもみなよかった。ただ今年のアカデミー賞では8部門にノミネートされたけど、残念ながら獲得したのはメイクアップ&ヘアスタイリング賞のみ。結果は振るわなかったが俳優陣が充実していて見ごたえがあった。

 

予告編

スタッフ

監督 アダム・マッケイ
脚本 アダム・マッケイ

キャスト

クリスチャン・ベール ディック・チェイニー
エイミー・アダムス リン・チェイニー
スティーブ・カレル ドナルド・ラムズフェルド
サム・ロックウェル ジョージ・W・ブッシュ
タイラー・ペリー コリン・パウエル
アリソン・ピル メアリー・チェイニー
リリー・レーブ リズ・チェイニー
リサ・ゲイ・ハミルトン コンドリーザ・ライス
ジェシー・プレモンス カート
ジャスティン・カーク スクーター・リビー
エディ・マーサン ポール・ウォルフォウィッツ

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