レビュー

ローマ法王になる日まで(Chiamatemi Francesco – Il Papa della gente)

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おすすめ度

ローマ法王になる日までのポスターキット ♤ 3.5 ★★★☆
アイラ ♡ 3.5 ★★★☆

2013年、史上初のアメリカ大陸出身者として第266代ローマ法王に就任したフランシスコ1世の半生を描く。イタリア移民の子としてブエノスアイレスに生まれたホルヘ・マリオ・ベルゴリオは、化学を学ぶ大学生だったとき神の道を志してイエズス会に入会。卓抜した指導力から35歳の若さでアルゼンチン管区長に任命されるが、当時のアルゼンチンでは軍事独裁政権の恐怖政治が進み、カトリック教会にもさまざまな脅威が及んでいた。監督は、カンヌ映画祭の常連であるイタリアのダニエーレ・ルケッティ。ベルゴリオ役に『モーターサイクル・ダイアリーズ』でチェ・ゲバラの先輩役を演じたロドリゴ・デ・ラ・セルナ。

 

言いたい放題

キット♤ タイトルから、フランシスコ現ローマ法王が選出されるまでの話であろうことは想像できたけど、もう少し軽めの映画かと思ったらけっこう重かったな。バチカンでのシーンは全部合わせてもせいぜい10分くらい。あとはホルヘ・ベルゴリオのドイツ留学の部分を除けば、母国アルゼンチンが舞台。しかもその大部分が、軍事独裁政権下での暴力的な弾圧の時代を描いているのやから。

アイラ♡ 自分も含め、20世紀のアルゼンチンの政情をよく知る日本人はそう多くないでしょう。『エビータ』は1940年代の話やし。今回知ることとなった1970年代から80年代初頭にかけての軍事独裁政権時代は、左翼ゲリラ排除の名目で3万人にも及ぶ活動家や学生、ジャーナリストなどが逮捕、監禁、拷問で亡くなったり行方不明になったりしている。“汚い戦争”とも呼ばれる、まさしく国家テロの時代で、ブラジルやチリの軍事政権による弾圧に対しては、当該国のカトリック教会が批判的だったのに、アルゼンチンの教会上層部は政権支持の立場をとっていて、異議を唱えた者は司祭でさえ政府に殺されたという。本作ではそのあたりの緊張感もリアルに描かれていて、なかなかの骨太な作りになってたね。

♤ 軍事独裁政権は1976年~1982年。ホルヘ・ベルゴリオは40歳から46歳で、まだアルゼンチンの司教になる前の管区長という上級管理職みたいな役職の時代。カトリック教会のトップが政府の言いなりになっていたのに対して、ベルゴリオはある程度の妥協はしつつも、危険を犯して政府に追われる活動家や学生をかくまうなど、自ら信じるところの最低線は守り通す人物として描かれている。このあたり、一宗教家の半生というよりは、国家の暴力・弾圧をテーマにした映画のようでもある。逮捕した容疑者を薬で眠らせて輸送機から海上へ落としていくところなんか実に生々しかったな。

♡ そうやね。一人の神父の目を通して、圧政の時代を描いた作品という一面は大きいね。教会上層部は保身が大事という中で、ベルゴリオは軍と教会のはざまにいて、できるかぎり弱者の側にいることを貫こうとしている。とはいえ彼自身も生き延びなくてはならず、活動家たちにはやりすぎるなと説くこともする。精神的にはかなり疲弊もしてて、母親には心配をかけたくなくて嘘をつき、かと思えば修道女の態度にいらつき罵声を浴びせたりもする。決して英雄的な宗教家像を描いたのではないだけに、ドイツの教会で出会った「結び目を解くマリア像」に心をほどいていく場面が最大の見せ場として胸に染み込んでくる。

♤ ドイツ留学は民主化後のことで、神学を学び直して帰国後した後は僻地で閑職に就いてた。そこへ突如、法王の命だといって副司教として首都に呼び戻されることとなり、そこでもまた貧困層のために戦っていく。ただその後は76歳で法王に選出されるところまで飛んでしまって、アルゼンチンでどのように教会の改革などを進めてきたが描かれてない。敢えてカットしたのかもしれないけど、運営手腕のある人だったらしいので、このへんはもう少し知りたかったかな。

♡ やはりそこは、もっとも苦難に満ちた時代にフォーカスすることで、宗教家として壮絶な体験を持つ人物であることを際立たせようとしたんでしょうね。強制立ち退きされる市民のために立ち上がる場面も、行政と真っ向戦ってでも貧者の側にいようとする人物であることを強調するものやし、エンドロールに流れるのは彼のドブ板神父ぶりを追う映像。そう思うと、物語は彼の若い頃だけに絞ってしまって、コンクラーベ前後の場面はニュース映像のコラージュでもよかったような気がするね。

♤ 現職のローマ法王の映画でしかもイタリア製作となれば、美化されているところも多分にあるのやろな。単純に受ける映画を作るなら、原題の「Il Papa della gente = 庶民の法王」らしいエピソードとしても、普通のアパートに住み続けたとか、法王に選ばれた翌日に自ら泊まっていたホテルの支払いをしたとか、アルゼンチンに置いてきた靴をバチカンへ送ってもらったとか、たくさんある。そういう一般受けしやすい題材を使わずに、敢えて扱いにくい軍事独裁政権下での政治と宗教の問題に多くの時間を割いているところにこの映画を作った人々の真面目さを感じる。

♡ カトリック国の人々の手による映画ということで、宗教が果たし得るものは何なのかについても考えさせられたわ。弾圧を続けるビデラ大統領や、立ち退かされようとする人々の前でミサを行うことの意味って何なのか。カトリックの司祭でなければできないこととはいえ、それが事態の根本解決になるとは限らない。それでもミサによって人々は敬虔さを取り戻し、何らかの救いを得る。立ち退きを執行する警官たちも、当たり前のようにヘルメットを脱ぎ十字を切るでしょう。宗教本来の役割ってそこにあるわけなのやろけど、だからこそ宗教家であることは多くの苦悩と直面することでもある。宗教が世界の対立軸のひとつになっている現代社会で、精力的に活動する現法王の今後の手腕には注目したい。日本にも来てほしいわね。

 

予告編

スタッフ

監督 ダニエレ・ルケッティ
原案 ダニエレ・ルケッティ
マーティン・サリナス
ピエトロ・バルセッキ
脚本 マーティン・サリナス
ダニエレ・ルケッティ

 

キャスト

ロドリゴ・デ・ラ・セルナ ホルヘ・ベルゴリオ(1961~2005)
セルヒオ・エルナンデス ホルヘ・ベルゴリオ(2005~2013)
メルセデス・モラーン エステル・バッレストリーノ
ムリエル・サンタ・アナ オリベイラ判事
ホセ・アンヘル・エヒド ベレス

 

レクタングル336

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