レビュー

ちいさな独裁者(Der Hauptmann)

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おすすめ度

キット ♤ 4.0 ★★★★
アイラ ♡ 4.0 ★★★★

Der Hauptmann『RED レッド』『ダイバージェント』シリーズなどハリウッドの娯楽系作品で活躍するロベルト・シュベンケ監督が、母国ドイツでメガホンをとった戦時のドラマ。第2次世界大戦末期に実際にあった出来事がベース。1945年4月。敗色濃厚なドイツでは兵士の軍規違反が続発し、ヘロルトも命からがら軍を脱走。打ち捨てられた車の中で、偶然高官の軍服を見つけてしまう。大尉に成りすまし、出会った兵士たちを騙しては服従させていきながら権力の味を覚えていくヘトルト。その振る舞いはどんどんエスカレートし、彼に付き従う者たちもまた人格を変えていく。主演は『まともな男』のマックス・フーバッヒャー。

 

言いたい放題

キット♤ ナチスに題材を取る戦争映画は数多く作られてきたけど、この映画の舞台はドイツが各戦線で勢いを失い敗戦へと進む第二次大戦末期。鉄の結束だったはずのドイツ軍も配色濃厚となると脱走兵が続出し、その数は数千人にのぼったという。主人公のヘロルトも脱走した上等兵。追手からなんとか逃げ切ったとき、打ち捨てられた車の中で将校の軍服一式を発見する。一介の脱走兵が制服を身に着け将校になりすますことで、その人格や振る舞いをどんどん変えていくという物語。

アイラ♡ 魔法の衣装を手に入れたとたん、違う人間になってしまうというおとぎ話チックな物語かと思いきや、実話ベースだというからびっくり。

♤ 冒頭、脱走兵へロルトが森の中を逃げ回り、憲兵の追跡から身を隠しかろうじて逃げ切る場面。顔じゅう泥まみれで、目だけが異様に白く光った必死の形相は醜い。それが、中尉の軍服を身につけ、顔の泥を落としたとたんに、みるからにしゃきっとして将校然とした姿になる。このギャップの見せ方はうまい。

♡ みれば彼はまだ若い兵隊。これで自由になったという安堵感から、へロルトは映画『会議は踊る』の挿入曲としても知られる“Das gibt’s nur einmal/ただ一度だけ”を晴れやかな表情で歌い出す。その声の明るく若々しいこと。「ただ一度だけ。これが本当だとしたら素敵すぎる。これは夢なのかも。明日にはもうないかもしれない」という歌は、このときのへロルトの心情そのもの。

♤ それからのヘロルトは、状況に応じて機転が効く才と嘘のうまさを駆使して中尉になりすまし、その特権を使って自分が生き残るためだけでなく、より立場の弱い者への残虐行為に走るモンスターとなっいく。映画はこの過程を違和感なく描いていく。

♡ 行く先々で、ヒトラー直々の任務であるというようなことを吹いて回り、相手もそれを信じていく。これはまさに制服の威力。彼に従って行く者たちも、ヘロルトを心底信じ切ってはいない微妙な態度で付き従い、ときに彼に同調して暴力性を発揮し、ときに強烈な自己嫌悪に陥り、ヒトの心理の闇をそれぞれに浮かび上がらせる。作品を貫く空気は決してシリアスではないのに、終始この怖さと凄まじさが襲ってくるという作り方はなかなかできるもんじゃない。

♤ 「制服」というものが囲に与える影響の大きさは、普段われわれが感じる以上のものがあるよな。特にナチス・ドイツの制服にはその効果が大きいように思う。軍隊のように上官の命令には絶対服従が前提の組織では当たり前のこととはいえ、ナチスの制服は機能的なだけではなく、周りへの威圧を意識したデザインで、良し悪しは別として見た目が格好いい。制服の効果を最大限に発揮するデザインとしてよく考えられていると思った。

♡ その意味で、日本版とオリジナルのポスターの違いをみるのも面白いわね。ヘロルトの顔を出さず、将校の制服の威圧感をどんと押し出した日本版。対して、へロルトが乗る車とロープでそれを引く追随者たちの姿を切り取ったオリジナル版。後者のほうが作品の深みを描いているように私には感じられる。

♤ 極限状態に置かれた人間の心理や性格、行いなどが、普段では起こりえないような変貌を遂げることを、ヘロルトという人物を通して見せていく作品。制服を着た将校に盲従する兵隊や、ヘロルトの正体に疑問を持ちながら自分に都合が良ければ付き従う周囲の者の人間性も同じこと・・・ということをいずれのポスターも凝縮してる。

♡ 見逃せないのは、本作にはユダヤとか収容所とかいう言葉がほぼ出てこないこと。ヘロルトによって断罪され銃殺され虐待されるのは、ぜんぶドイツの脱走兵たち。

♤ ヘロルトにしてみれば、かつての自分と同じ立場にある兵士たちに同情も憐れみの気持ちをもつこともなく、冷酷に殺戮の命令を下す。それだけでなく、最後に彼が捕らえられ軍法会議にかけられた際にも、判決を下す側が、ヘロルトの犯罪を断罪する者と、その常識はずれな行動を逆に評価する者とに分かれる。いかに人間というものが危ういものかを描き通す本作は、いろんな意味で異色の戦争映画。

♡ そうそう。判事のベテランの将校が、自分も前の戦争のときは義勇軍にいたし・・・と言うのね。戦時下では、モラルより力をもった者が正しいという、これも強烈な皮肉。あと、最高に面白いのがエンドロールでしょう。ベルリンの街かしらね、ヘロルトたちが映画の衣装のまま現代の街をメルセデスのオープンカーで走り、街行く人々にからんでいく映像を延々と流すものだから、クレジットなんかひとつも読めてない(笑) ナチスの制服で現代の街を行くなんて狂気の沙汰。誰もが本気で嫌がっている様子だったから、ゲリラ撮影だったのかもしれないけど、まぁやりよるな~と思ったわ。

 

予告編

スタッフ

監督 ロベルト・シュベンケ
製作 フリーダー・シュライヒ
イレーネ・フォン・アルベルティ
製作総指揮 フィリップ・リー
マーカス・バーメットラー

 

キャスト

マックス・フーバッヒャー ヴィリー・ヘロルト
ミラン・ペシェル フライターク
フレデリック・ラウ キピンスキー
ベルント・ヘルシャー シュッテ
ワルデマー・コブス ハンゼン
アレクサンダー・フェーリング ユンカー
ブリッタ・ハンメルシュタイン ゲルダ・シュッテ

レクタングル336

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