レビュー

セールスマン(Forushande)

投稿日:2017年7月4日 更新日:

おすすめ度

セールスマンのポスターキット ♤ 4.0 ★★★★
アイラ ♡ 4.0 ★★★★

地元の劇団に所属する国語教師のエマッドとラナの夫婦は、アーサー・ミラーの『セールスマンの死』の上演を控え稽古を重ねていた。ある日、アパートの強引な建設工事のために引っ越しを余儀なくされてしまう。仲間の紹介で移り住んだアパートには前の住人の私物が大量に残され、舞台初日を迎えた夜、ラナが何者かに襲われる。自力で犯人探しを始めるエマッドだったが・・・。2016年カンヌ国際映画祭のコンペティション部門で男優賞と脚本賞を受賞。2017年のアカデミー賞外国語映画賞受賞作品。アスガー・ファルハディ監督と主演女優のタラネ・アリドゥスティが、トランプ政権による入国制限命令に抗議して、授賞式へのボイコットを表明したことでも話題となった。ファルハディ監督にとっては、『別離』に続く二度目のオスカー受賞となる。

 

言いたい放題

キット♤ イラン映画といえば、ジャファル・パナヒ監督の『人生タクシー』を最近観たばかり。イランは映画や演劇への検閲が厳しく、パナヒ監督はそれを逆手に取って風刺するような映画を撮っているが、ファルハディ監督はイラン国内での制限の下で工夫して映画にしているという感じ。

アイラ♡ 『人生タクシー』を通して創作活動への制約の厳しさを垣間見たあととなっては、ファルファディ監督はむしろその逆境を逆手に取っているような気さえするわね。

♤ 主人公のエマッドは、学校教師のかたわらラナと一緒に劇団に所属していて、途中何度か彼らが演じるアーサー・ミラーの『セールスマンの死』が劇中劇として入ってくる。リハーサルの場面で、ひとりのスタッフが「まだ、3カ所検閲を通らないところがある」というように、芝居ひとつにも言論や表現への制約が及んでいるのがわかる。実際、下着姿のはずの娼婦役は分厚いコートを着ていて、彼ら自身もそれを皮肉な表現と受け止めていたりする。

♡ そのうえで、本筋の物語でも恐らく意図的に抑制をきかせた表現形式をとっているので、観る側には多少の想像力が必要になる。でも、市街地の再開発が進む様子とか、スマホで遊ぶ高校生たちとか、イランのいまという部分はしっかり見せてくれるからうまいよね。

♤ 物語は、エマッドとラナの夫婦が住む老朽化したアパートが市の強引な再開発で倒壊しそうになり、住民が逃げ出すところから始まる。皆が右往左往しながら避難する喧騒のなか、窓から外を見る間にも窓ガラスにピシッとヒビが入り、そのガラスの向こうには巨大な建設用重機が不気味に動いているといったカメラがなかなか良い。住民の退去で廃墟同然となったこのアパートが、物語の終盤で再び重要な舞台として使われるのもうまい。

♡ エマッドたちは劇団仲間が仲介するボロアパートへ引っ越すんやけど、それがいわくつきの部屋だったことから事件が起こる。ただ、事件そのものははっきりわかる形では描かれていなくて、先に帰宅したラナがシャワーを使っているときに侵入者に乱暴されたという情報しか示されない。

♤ あえてミステリアスにしているとも考えられるけど、基本的には女性が乱暴される場面を生々しく描くことへの制約ゆえなんやろな。乱暴の程度も、顔に多少の怪我がある以外はっきりとはわからず、たぶんされてないと思うけどレイプされたかどうかも不明。また、現場となったアパートには、前の住人の私物がたくさん残されてるのやけど、隣人は彼女について「いかがわしい仕事をしている女」と言うのみ。娼婦に近い仕事なんやろなという想像はこちらに委ねられる。けどファルハディ監督が上手いのは、それが制約のためではなく、製作上の一手法だと思わせていくところやと思う。

♡ 実際、犯人が誰なのか、前住人とどんな関係にあったのか、乱暴の程度はどうやったのか・・・など、観る側に推理させる手がかりをあちこちに忍ばせてるので、見終わったあとまで謎解きのお楽しみが残される。解けないままの謎もある。といって、決して娯楽作品ではなくて、本当の見どころは夫婦それぞれの心理的葛藤の対比やろね。イスラム圏での男女の価値観の違いはわかりにくいものがあるけれど、それを除いても、2人の心の持ちようが次第に食い違ってくるところは本作の核をなす部分。

♤ うん。家のなかに何者かが侵入したことを世間に知られたくないのは同じとしても、最初は警察に届けようと言ってた夫のほうが時間とともに怒りが高まっていき、自分で犯人探しに動き出す。当事者の妻のほうは、ショックから立ち直るほどに冷静かつ寛容になっていく。それは犯人と対峙してからの2人の様子の違いにもはっきり出てる。ラストの意味は今ひとつピンとこなかったのやけど、夫の復讐心が全てを飲み込めないくらい大きくなっていたということやろか?

♡ 復讐心がつのる夫は、犯人と対峙して正義感を爆発させてしまう。それがまた思いがけない結末につながるんやけど、犯人が予想もしないような人物だったことから、2人の心理はさらに葛藤を深めていく。このすれ違ってしまった気持ちが、ラストでそれぞれに大写しされる2人の表情そのものなんやと思うな。妻には、事件を招くことになった行動を恥じる気持ちがあるし、犯人にもなんか事情がありそうやし、夫も正義の鉄槌を振り下ろしたつもりがなんか空振りっぽいし、この後味の悪さが一番の面白さなんやろね。

♤ エマッド役のシャハブ・ホセイニは、『彼女が消えた浜辺』『別離』にも出演、タラネ・アリシュスティも『彼女が消えた浜辺』の主演女優なので、2人ファルハディ監督とは旧知の仲。心理劇の様相やけど、演技がしっかりしていて安心して観ていられるな。

♡ 『セールスマン』というタイトルと劇中劇の『セールスマンの死』の関連について、監督自身は急速に変わるイラン社会の状況と戯曲の主人公を重ね合わせたと語っているようやけど、戯曲の主人公の人生はの犯人男性のくたびれた人生ともオーバラップしてくるよね。

 

 

予告編

スタッフ

監督 アスガー・ファルハディ
脚本 アスガー・ファルハディ

 

キャスト

シャハブ・ホセイニ エマッド・エテサミ
タラネ・アリシュスティ ラナ・エテサミ
ババク・カリミ ババク
ファリド・サッジャディホセイニ
ミナ・サダティ サナム

レクタングル336

レクタングル336

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