レビュー

グリーンブック(Green Book)

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Green Book

キット ♤ 4.0 ★★★★
アイラ ♡ 3.5 ★★★☆

2019年アカデミー作品賞受賞作。人種差別が残る1960年代のアメリカ南部を舞台に、黒人ジャズピアニストとイタリア系白人運転手の2人が友情を深めていく、実話をもとにするドラマ。1962年、ニューヨークの高級クラブで用心棒として働くトニー・リップは、クラブの改装で無職となるあいだ黒人ジャズピアニストのドクター・シャーリーの運転手として働くことに。黒人差別意識が強い南部へのコンサートツアーをあえて計画するドクター・シャーリーとともに、黒人が宿泊できる宿泊ガイド「グリーンブック」を手に同行するトニー。育ちも性格もまったく異なる2人だが、衝突を繰り返しつつ次第に友情と信頼を築いていく。トニーに『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズのビゴ・モーテンセン、ドクター・シャーリーに『ムーンライト』のマハーシャラ・アリ。トニー・リップ(本名トニー・バレロンガ)の実の息子であるニック・バレロンガが製作・脚本を手がけ、父とドクター・シャーリーの友情の物語を映画化した。監督は『メリーに首ったけ』のファレリー兄弟の兄ピーター・ファレリー。アカデミー賞では5部門でノミネートされ、作品賞のほか脚本賞、助演男優賞を受賞した。

 

言いたい放題

キット♤ 2019年のアカデミー賞で、作品賞、助演男優賞(マハーシャラ・アリ)、脚本賞を獲得。メインキャラのトニー(ビゴ・モーテンセン)とドクター・シャーリー(マハーシャラ・アリ)は実在の人物で、冒頭で「Inspired by True Story」とあるように、実話に着想を得た物語。2人がディープ・サウスを演奏旅行したのは事実やけど、ほとんどのシーンは創作・脚色されたのではないかというのが個人的想像。それくらい人物設定と脚本がよく出来ている。

アイラ♡ 脚本は緻密に作り込まれて、キャラクター設定も明快。挟まれるエピソードもきちんと予定調和のなかに収まって、ほのぼのとしたラストの感動まで導かれる・・・というところで、間違いなく老若男女誰にでも受け入れられ、高く評価されるタイプの娯楽作品よね。実際、映画レビューも絶賛の嵐。

♤ 2時間の映画を通して観ると、たいていどこかに中だるみというかテンションのゆるい部分があるけど、本作は観客の意識を上手に引っ張り続ける。そこには綿密な構成の計算と、人種問題というアメリカ人にとってナイーブなトピックについて、白人・黒人双方の観客に拒絶されない微妙なタッチを貫いたことが成功の要因だと思う。

♡ とはいうものの、そこに出来過ぎ感というか、計算された感が漂いすぎて、私は少し距離を置いてしまった。ハリウッド作品のここ数年の通奏低音である人種およびLGDBというテーマをきっちり盛り込んでるのも、いかにも賞を取りにきましたという感じで。でも映画そのものはとても楽しめたし、アメリカ人の大好きなハートウォーミングなエンディングも嫌いじゃない。何といっても、黒人・白人の立場だけでなく、2人のキャラクターがみごとに逆転しているという設定の転換がまず面白いわけで。

♤ トニーは粗野で教養がなく、小狡いところもあるけど、如才なく物事を処理し、家族を大事にし、妻にベタぼれという典型的なイタリア系アメリカ人のいいやつであることが最初に観客に刷り込まれる。そうすることで、彼が人種差別から脱却してドクターとの友情を育むところに違和感を感じさせない。イタリア系というとマフィアを連想するけど、トニーがギャングの裏稼業とは距離を置こうとしているところをさり気なく見せるなど、脚本で配慮していることが見て取れる。

♡ 対するドクター・シャーリーは、音楽の高等教育を受け、ホワイトハウスにまで招かれた、当時のアメリカ黒人としては少数派に属する人物。盛り場でのトラブル処理に長けていると聞きつけ、トニーをほぼ指名で深南部への演奏旅行の運転手兼世話係に雇う。60年代前半のアメリカといえば、まだ公民権運動が起きる前で、自由民であるはずの黒人たちは“ジム・クロウ法”によって公的な差別を受けていた時代。ホテルやレストランでも白人と同席することは許されず、トイレも別だった。

♤ 成功者とはいえ、黒人のドクター・シャーリーが白人のトニーを雇用し、演奏旅行のためにとりわけ黒人差別が色濃い深南部を旅するという異質な設定が、何をおいても本作のポイント。そうなると、難しいのがドクターを演じるマハーシャラ・アリの演技。この時代のアメリカで、ピアノの才能や教養のみならず、高潔な人格や経済的な成功までを獲得した黒人の実例自体が多くないはず。役作りの参考になるものがない中でドクターを演じたマハーシャラ・アリはアカデミー賞にふさわしいと思う。

♡ モデルとなっているのは、ドン・シャーリーというピアニストで、実際にレニングラードの音楽院に招聘されるほどの人物だったそう。トニーとの交友も事実で、トニーの次男ニック・バレロンガが本作の脚本とプロデュースにあたってる。

♤ アメリカでは人種問題を面白おかしく扱っていて、結局白人が支配者層であることに切り込んでいないと批判する声もあるらしい。でも本作でのトニーの心理をみていくと、最初は黒人が使ったコップをゴミ箱に捨てるくらいの人種差別者で、運転手を引き受けたのも単に給料がよかったから。つまり、高給を理由に不本意な立場を無理やり納得するところから始まったはずなのに、ドクターとの旅を続けるうちに、彼の音楽の才能だけでなく、価値観は違っても尊敬すべき人格に感化され、やがて友情のようなものが芽生えていく。ところが後半、地元の警察官との揉め事が起きると、それまでつとめて冷静だったトニーが切れて警官を殴ってしまう。理由は自分が黒人と同一視されたからで、トニーの中ではドクター個人への見方は変わっても、黒人全体に対する見方はたいして変わっていない。しかし、それがおそらく当時の現実で、この映画にそれ以上のことを求めても仕方ないような気がする。

♡ そうやね、これはあくまで60年代初頭のアメリカにあった、ひとつの特殊な物語と受け止めるべき。それがアカデミー賞の作品賞を取ったことには、微妙なテーマながらも観る人がほんわかと幸せになれる物語だということへの称賛があるんだろうと思う。映画は常に社会問題に鋭く切り込むべきものとは限らないし。

♤ われわれ日本人には、本作が貫いた微妙なニュアンスを実感として感じるのは難しいかもしれないけど、それはそれで気楽に楽しめて良いのかもしれないし、映画の裏側にあるものを感じ取れないのは残念なことなのかもしれないな。

♡ これは娯楽作ということでいいんだと思う。エグゼクティブ・プロデューサーに、同じく60年代の黒人差別を描いた『ヘルプ』や『ドリーム』に出演したオクタビア・スペンサーが名を連ねているけど、彼女や司会者のオプラ・ウィンフリーたちが製作に参画する作品って、重いテーマをわかりやすく、必要とあれば面白おかしく描くものが多いような気がするのやけどね・・・。黒人女性の成功者として、観客たちにどう広くアピールするかということも、たぶん彼女たちには重要なポイントなのでしょう。自分たちの社会的な影響力を用いつつ、人種問題解決への貢献をライフワークにしていく、本作への関わりもその一環なのかなと思ったりしてます。

 

予告編

スタッフ

監督 ピーター・ファレリー
脚本 ニック・バレロンガ
ブライアン・カリー
ピーター・ファレリー

 

キャスト

ビゴ・モーテンセン トニー・“リップ”・バレロンガ
マハーシャラ・アリ ドクター・ドナルド・シャーリー
リンダ・カーデリニ ドロレス
ディミテル・D・マリノフ オレグ
マイク・ハットン ジョージ

 

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