レビュー

沈黙 サイレンス(Silence)

投稿日:2017年3月6日 更新日:

おすすめ度

「Silence」のポスターの写真

キット ♤ 4.5 ★★★★☆
アイラ ♡ 4.0 ★★★★

遠藤周作の小説『沈黙』を、巨匠マーティン・スコセッシが28年間温めた末に映画化。キリシタンへの弾圧が激しさを増していた江戸初期の長崎で、師が棄教したという事の真相を知るためにマカオから日本を目指す2人の若い宣教師。キチジローという日本人を案内役に長崎へとたどり着いた彼らは、厳しい弾圧を受ける隠れキリシタンらと出会い、そこに一筋の救いも見いだせないことに苦悩を深めていく。主人公ロドリゴに『アメイジング・スパイダーマン』のアンドリュー・ガーフィールド。共演に『シンドラーのリスト』のリーアム・ニーソン、『スター・ウォーズ フォースの覚醒』のアダム・ドライバーらが。日本からもキチジロー役の窪塚洋介ほか、浅野忠信、イッセー尾形、塚本晋也、笈田ヨシらが好演。

 

言いたい放題

アイラ♡ 監督が20数年もあたためてきた題材というだけに、思い入れを感じる力作やったね。聖職者をめざしたこともあるスコセッシ監督個人が抱き続けてきた「神とは何か」「信仰とは何か」という問いかけが、日本人のキリスト者である遠藤周作作品という題材と出会うことで、うまく昇華したように思ったわ。

キット♤ 公開は1月末やったけど、原作を読んでからと思ったので映画館へ行くのがずいぶん遅くなってしまった。でも読了から間を置かずに観られたので、いろんな点で対比ができて面白かった。

♡ ほぼ原作に忠実な映画化ということやけど、基本的に難解な映画作りはしない監督やし、物語自体はわかりやすい構成になってたのと違うかな。

♤ 原作のほうは、主人公ロドリゴが上司宛に書いた書簡集の形で始まり、続いて第三者視点の描写に変わり、日本を訪れたオランダ人の書いた書簡集、最後に役所の記録文書が並ぶという体裁をとってる。これをどう映像化するかというのが関心のひとつやった。映画はこれをなぞる形でシナリオ化されてるわけやけど、ロドリゴ自身やオランダ人のモノローグを重ねることでロドリゴの心情説明を加えつつ、原作の雰囲気を上手に残してると思った。

♡ 役人や農民が英語が達者なのは、言い出せばキリがないとこやし、入り込んでしまえばそれほど違和感はなし。撮影は台湾でとのことやけど、セットや風俗などについては日本側のスタッフが非常にしっかりしていて、武士や町人の立ち居振る舞いなど細かいところまで時代考証がきちんとしてたね。日本映画を観ているような錯覚を覚えるほどやったわ。日本側の俳優が光ってたということもあるけど。

♤ イッセー尾形の井上様も原作のイメージに近かったし、通訳の浅野忠信も想定通り。それ以上にイチゾウの笈田ヨシと、モキチの塚本晋也監督の熱演が光ってる。

♡ 塚本晋也監督も自らオーディションを受けて採用されたんやてね。ほんま好演やった。通辞役人の浅野忠信は、単なる通訳ではなく、宣教師に心理的ゆさぶりをかける掴みどころのない不思議な存在でこれもよかった。ただイッセー尾形はおちゃらけすぎってことなかった?

♤ いや、原作でも恐ろしい拷問の発明者としてマカオにまで名を馳せていながら、会うてみたら白髪の好々爺やったという描かれ方で、その感じをうまく出してると思ったで。アンドリュー・ガーフィールドのロドリゴ役への起用は想定外やったけど、見ているうちにしっくりしてきた。今回『ハクソー・リッジ』でアカデミー主演男優賞にノミネートされるくらい実力を付けてきているので今後が楽しみ。相棒役のアダム・ドライバーは特異な風貌やし、次作『スター・ウォーズ 最後のジェダイ』次第では注目されるかも。ロドリゴたちの師であるフェレイラ役のリーアム・ニーソンは、さすがジェダイ・マスターの風格で余裕。

♡ 髪を束ねて和服で出てくると、まるでクワイ=ガン・ジンやったしね(笑)。けど、総じて日本の俳優陣のほうがアメリカ勢を喰ってたのとちがう? 誰より面白いのはキチジローよね。本作ではいちばんおいしい役やと思うけど、人間のずるさや卑怯さとともにある真摯さの体現者を窪塚洋介はよく演ってたと思う。

♤ 単純に考えると、キチジローはキリストに対するユダという位置づけなのかもしれないけど、キリスト教のことには深入りせんとく。最悪のダメ人間やけど、本人なりに考えて、悩んで、解決できずに同じところをぐるぐる回っている。彼にとっては、「神」は今まで積み重ねた悪行をリセットしてくれる便利な装置くらいの位置付けなのかもしれないが、それでもキチジローなりの「神」があるんやろ。

♡ リセットボタンを押しすぎで、ロドリゴもしまいにうんざりしながら告解を聴くんよね(笑) 何度でも踏み絵に足を乗せてしまえるやつやけど、奥底では棄教はしてない。というか、彼なりの信仰の形があって、それには忠実でいたいという思いが常にある感じ。人を苦しみから救ってくれるはずの信仰なのに、なぜ人は苦しまなくてはならないのかという問いに対して、キチジローはある意味軽々とそこに答えを出してるし、たぶん最も共感を得やすい人物なんやろね。

♤ その意味で、原作との描かれ方の違いで少し悩むのが結末。スコセッシは何かのインタビューで「原作を何度も読み返してフェレイラ(リーアム・ニーソン)は実は棄教していなかったのではないかと思い当たった」ということを語っていて、映画の中でも一瞬フェレイラにそのような思わせぶりな言葉を吐かせる。これは原作にはない台詞。

♡ ロドリゴにしてもフェレイラにしても、では宣教師として棄教していたのかどうかという部分は容易には読み解けないものがあるわね。

♤ 僕はキリスト教徒でないし信心深くもないが、棄教していないという解釈には疑問がある。確かにフェレイラは転んだけど、信仰は持ち続けていたんやないか。ただし、その神は教会が用意した「唯一普遍的な神」ではなく、もっと個人的な「神」やったんちゃうやろか。それはフェレイラ自身が言う「日本人がキリスト教とその神を別のものに変えてしまっていた」というところと繋がっている。いきなり仏教のような多神教へのジャンプは無理にしても、教会という仕組みを介さずに神と個人が直接結びつくという関係性、言い換えれば信仰の多様性を受け入れたという解釈がしっくりくる。ロドリゴについても同じやと思ったので、あのラストシーンには疑問が残ったかな。

♡ ロドリゴの棄教に関する核心かもしれない部分だけにね。

♤ イエズス会が奉じるところの神、転んだ宣教師にとっての神、日本の庶民が自分たち向けに作り変えてしまった神、そしてキチジローが信じるところの神、そういった多様性に対する寛容を遠藤周作は書きたかったのかもしれないな。

♡ そう考えるのが一番しっくり落ち着くかな。役人たちも言うように、本来のキリスト教はこの国には根付かないという達観も示されている。そこに強烈な弾圧があり、パードレたちの精神は大混乱に陥らざるを得ない。仮に棄教が表面的なものだったとしても、その後の日本での暮らしは屈辱的なものやったはずやし、信仰=キリスト教の神なのかを突き詰めた末に、彼らもまた新たな何かを見つけたのかもしれない。ただラストについては、自分の中で決して消してはならない記憶の象徴として持っていたという解釈もできるかな。

♤ あとひとつだけ。小説にはロドリゴが「神が存在しないかもしれない」という考えに至って葛藤する場面が描かれていて、「神は本当にいるのか。もし神がいなければ、幾つも幾つもの海を横切り、この小さな不毛の島に一粒の種を持ち運んできた自分の半生は滑稽だった。蝉がないている真昼、首を落とされた片眼の男の人生は滑稽だった。泳ぎながら、信徒たちの小舟を追ったガルペの一生は滑稽だった。司祭は壁にむかって声をだして笑った。」という下りがあるのやけど、これは映画には反映されてなかった。ここはロドリゴが神の「沈黙」に向き合う大事なところやったので、ぜひ含めて欲しかったな。

 

 

予告編

スタッフ

監督 マーティン・スコセッシ
脚本 ジェイ・コックス
マーティン・スコセッシ

 

キャスト

アンドリュー・ガーフィールド セバスチャン・ロドリゴ
アダム・ドライバー フランシス・ガルペ
リーアム・ニーソン クリストバン・フェレイラ
浅野忠信 通辞
イッセー尾形 井上筑後守
窪塚洋介 キチジロー
笈田ヨシ イチゾウ
塚本晋也 モキチ

 

レクタングル336

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